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宇宙の実在理由 – 宇宙の目的


全宇宙の総括的な目的は人類を1つの家族のような状態に至らせることです。全ての人々が他者に対して配慮をして自分以外の人々の保証人になることです。

この状態に至らせる原因になるものは、現在現れつつある上層の自然法則による圧力です。それは全人類の世界的な連結(コネクション・繋がり)と相互依存という法則です。

しかしその原因になるものはこれだけではありません。その理由は人々が相互的に与えあう状態になったときに新しいタイプの関係 – “隣人愛”という関係 – を築きたいと思うようになるからです。人々は自ら意識的にそれを望むようになります。

自然の力は無生物、植物、動物といった段階のものを支配統率しながら均衡に至らせ、それらの相互的な調和を保っています。これが、なぜ自然における万物がそれらの存続に必要最低限な分量だけしか摂取しないのかということの理由です。しかし人間の場合は意識的に参加してこれと同じ自然との調和状態に至らなければなりません。人間が自然と”似た”状態(近い状態)になるためには、宇宙の構造とその単一性を学ぶ必要があります。そのあとになって私達は”人間”と呼ばれるにふさわしくなるのです。(人間「Man」のことをヘブライ語ではアダム「Adam」と言います。その語源は「Dommeh」 – 創造主に似ているという意味です。)

等しさと個性は相容れないことではない


受取った質問:あなたの説く世界平等はすこし怖いことです。もし誰もが等しくなったら、私の独自性はどこにいってしまうのですか?

私の答え:あなたの独自性は全ての人があなたの中に含まれていて全ての人に与えたいという事実にあります。あなたが持つものを与えることができる人は、あなただけです。

しかしもしあなたが他者に与えることを望むのなら、まず最初に他者の全願望を獲得する必要があります。すべての人の願望を自分のものにしなくてはならないのです。その後にあなたは上層の”ひかり”をそれらの願望に送りこみ、それらを創造主に繋げることができます。そうすることであなたは創造主のような唯一の存在になります。

それは世界の終わりではなく始まりです


受取った質問:もし私達の誰もが望んでいる均衡に到達したら、自然災害を止めることができますか? 既に私達は十分というほど世界を破壊してきました。

私の答え:私達は世界のほとんどを破壊し、ずっと前に帰還不能点を過ぎてしまいました。あらゆる計算によると私達はものすごいスピードで世界の終焉に近づいています。

しかし、私達の考えと願望の中において自然との調和に到達することで、私達は自然における全ての”不可逆的”な不均衡も制することができます。これら全ての現象は過剰消費や環境汚染、環境資源の減少などの私達の誤った物理的行為の原因ではなく、私達の利己的な態度と思考と願望によるものなのです。

最新の科学データは環境を変化させようという人間の物理的レベルでの試みには少しの効果しかなかったことを示しています。従ってこれらの物質的行為は現在私達が目にしている自然における変化の原因になりえないのです。実は自然における変化は、私達を最高レベルの存在に至らせるという創造の計画によって決められているのです。そして私達がこれを獲得することは避けられないことなのです。

私達はお互いに対し配慮することによって、すなわち”相互保証”の達成によって、自然との均衡に至ることができます。私達のこの均衡の程度によって、私達よりも低い自然段階 – 動物段階、植物段階、無生物段階 – にも同様に影響を及ぼしています。そうした後に全てのネガティブな出来事は少なくなります。これら全ての自然における問題や障害が起きる唯一の理由は、人々の間に調和が欠如しているからです。世界で起きるすべての災害と危機は不均衡な力の発現でしかありません。そして私達の利己的な態度がネガティブな結果を自然の無生物段階、植物段階、動物段階、人間段階にもたらしているのです。

火山の噴火や津波が急に発生する時、これらの事象はあなたのなかで起きているのです。無生物段階、植物段階、動物段階における不均衡はあなたの内側にあるのです。こうした理由であなたはそれらの外的な映像を目撃しているのです。外的な現象は単にあなたの中で起きていることの反映でしかありません!

世界が”終わる”ことはありません。しかしながら、私達は世界の終わりに”ほとんど”近い状況に至るかもしれません。その状況は変換機で新しい人生の始まりです。カバラは広い知識とこの重大な局面で私達がどう行動すればよいのかについてのアドバイスを提供します。それは私達が完璧な存在により素早くそしてより簡単に到達する方法を与えます。

自然の段階に到達するとき私達はどうなるのか?


現実における全てのものは以下のように分かれています:

内的な部分:スピリチュアリティの世界、根の世界、決意、意図・意向。

外的な部分:私達の世界、枝の世界、結果、行為、実行。

私達に課せられていることは、私達に起きていることや影響していることを通して外的部分を明かすことです。言い換えると、私達は行為のレベルから意図・意向のレベルに上がらないといけないということです。その目的は「自然」と呼ばれる唯一で普遍的な力が私達に要求していることと何故それが私達をこのように進化させているのかということを理解できるようになるためです。私達に起きてることを吟味することによって私達は自分達と自然(または創造主)についての完全な知識を手に入れます。その願望、理性、計画、思考も含めて。

この知識を獲得するには、自然のなかに本来備わっている性質と私達が同質にならなくてはなりません:授与と愛とその構成部分の間にある共有性の性質。そうならないかぎりそれを理解することはありません。もし人が自然と同じ行為を実行するなら、またもしそれらの行為を学習し同意するなら、人は自然のレベル(創造主)に到達することができます。このようにして人はアダムのレベルに到達するのです。(Adamの語源はEdameh – 自然または創造主と類似しているという意味)

自己の是正を求めるならその方法を教える人を見つけなさい


受取った質問:理解できません。他に誰に対して配慮しなくてはならないのですか? 私はすべての人に対して配慮しているとおもいます。私は両親と隣人に対しても良くしています。

私の答え:あなたのような人をよく見かけます。しかしそれで十分とは言えません! 仮にあなたが隣人を殺さず、強奪をしないとしても、そして隣人から何も盗んでもなく、強姦もしてないにしても、そしてさらに隣人のお花に水をあげているとしても、これらのことはあなたを本当に“思いやりのある人”にはしません。あなたは単に自分のエゴイズムの理由でそうしているだけにすぎません。あなたがそうする理由は、お互いをそう扱うことが生活をすてきで心地よいものにするということを知っているからです。

今日、自然は私達に対してそれ以上のことを要求しています。お互いを本当にケアすることを求めているのです。それはあなたが今していることとは全く違うことです。あなたは他者をあたかも自分の子どものように心配して面倒をみなくてはいけないのです。これが私達の利己的な性質に反していることは明らかですが、私達はそうしなくてはいけないのです! 新しい自然法則は啓示されつつあり、私達はそうすることを義務づけられています。

この法が施行されている国に連れてこられたと想像して下さい。そしてその法を破れば必ず厳しい罰を受けます。この場合あなたはどうしますか? あなたには選択の余地がありません。あなたは誰かこの法のことを教え、説明し、模範をみせ、その法を守ることへの願望と力を与えてくれる人を見つけなくてはなりません。あなたに影響を与えてあなたが変わることを簡単にしてくれる誰かを見つけなくてはいけません。もしあなたの周りの人の誰もがこのことを話題にあげるのなら、確実にあなたはこの法を守ろうと同意するでしょう。もし彼らがその模範になっているのなら、あなたがいくら初めは嫌だったとしても彼らのように振る舞いはじめることでしょう。

人は自分の置かれた状況に選択肢がないとき、どんなことにも同意します。その法則は上層から私達に課せられているものであり、私達はそれを受け入れざるを得ません。

世界の変革は自分を変えることから始まります


受取った質問:だれもが世界に対してプラスまたはマイナスの影響を及ぼしているのなら、何がその全体像を決定しているのですか?

私の答え:人が霊的に発達すればするほど、その人はもっと力を有することになります。最も強力な力は思考力です。通常の人々は世界に対して自分達の思考、願望、行動で影響を及ぼしますが、世界にいくら60億人の人々が存在しているのにもかかわらず、その影響の程度はとても小さなものです。

世界は静的ではありません。人は常に自己の変化する性質を基に違う世界を見ています。世界というものが個人の印象であることを理解するとき、世界を改善するのではなくて自分自身を変化させることが必要なのだということが分かるようになります。世界を変えるには自分自身を是正しなくてはならないということです。

もしそうすれば、あなたは上層の力がどのように全ての事象に作用しているのかを発見します。そしてこのことが認知モデルの全体とあなたの認知するものに対する解釈を変化させます。これで人々の気分はよくなるのでしょうか? 失業と餓えに終わりは来るのでしょうか? 会社は本当に従業員を引き戻すのでしょうか? 答えはYesです。私達は自分自身の目でそれを見ることになります。

バール・ハスラムは論説『創造主の隠匿と啓示』のなかで、この世界で変わるものは創造主の啓示または隠匿以外に何もないと述べています。したがって、この世界の像が一定で静的であるという考えを捨てることはとても助けになります。私達は世界の全てが、自分自身の認知、性質、内的な観念によってを決定されていることを理解すべきです。その後に私達は自分達の欠陥を是正しはじめ、その結果、全ての事象における創造主の意向と意図を知ることになります。

カバラの科学はこの達成の手助けをします。それは定義上、創造主をこの世界にいる被造物に対して啓示する方法です。その一方でこの世界はあなたが今日感じていることの像でしかありません。

毒を薬に変えるのも我々しだい


治癒の全過程は悪の認識と毒を使って悪を感じることを通して生じます。医療のシンボルはへびの巻き付く毒の入った杯です。最初それは人に最大の危害を加え、人を死なせてしまうものに見えます。しかし実際はその反対で、人を治癒させるのです。

どうして同一のものが、人を治したり死なせたりする原因になりえるのでしょうか? その実体は治療を受ける人がその毒の効果を決めているということです。その人が毒の一滴を毒または薬になることを決めているのです。

ある人は人間の性質を研究し治療法を理解しようとします。ある人は同様の研究法で毒を薬に変える方法を学びます。またある人はその薬を使用する側でしかありません。しかし最低でもある程度、私達は自分達が皆病気であることを認識しなければなりません。私達は、生きることと死ぬことが何を意味していて、本当の善と悪とは何なのか、ということを理解しなくてはいけません。そして私達をある状態から新たな状態に移行させる治療薬があることも学ばなくてはなりません。

私達には診てくれる”医者”がいて、お金を払い治療を受け、その治療は痛いものになるかもしれないということを知らなくてはなりません。しかしある意味において治療のプロセスには私達の積極性が必要とされます。

人類の全発達は信頼できる本物の”医師”の指示で行われます。既に人類は処方箋を受取っており、今まで発達してきました。そして今こそ人々はこのプロセスに自主的に参加するときなのです。その理由は人が”人間”の段階に到達するためには、一般体系に参加し、アダムの体系(与えることの絆でお互いに結ばれた魂の体系)を啓示するためにそれを築き上げ、それが構築されることを渇望することが必要不可欠であるためです。人々はこうして創造主との同等性を獲得します。

私達の欲求と変化を止まらせない力が存在している


私達は喜びに制御されている受取りの願望にすぎません。この願望(私達)は2つの力の影響によってその状態が移り変わります。それらは引き寄せる力と反発させる力です。よって創造の全体には2つの構成要素しか存在していません。それらは喜びに対する願望と、その願望を動かす喜びです。それらは全てのレベルと段階に存在しています – 個体、結晶、液体、生物および化学物質の成分、そして全ての無生物と動物において。全物質の基礎は喜びを受取る願望と、それと反対の充足です。

ここで疑問が生じます:もし存在する全てのものが受取の願望とそれを満たすものだけだとしたら、その体系は静的なものに思えます。では、なぜ最初からその中には”動き”があるのでしょうか。結局のところ、最初に創造主は授与の力を使って受取の願望を創造しました。したがってこの体系は均衡に達するべきであり、その2つの力がバランス状態になるときに変化も止まるべきです。ではどうしてそのような静止がなく、永続的な動きだけがあるのでしょうか。

その答えは、この体系の中にはもう1つの力が働いているからです。創造のなかで働いている力には2つの構成要素があります。創造主は創造した願望に喜びを与えたいのです。そしてそれに加え創造主は、この願望に創造主との同等性も獲得させたいのです。したがってその願望は喜びの感覚も持ち、その感覚の内側にもう1つの感覚を発見します。それは与える者に対する知覚です(与える者が存在していると気づくこと)。

これが「何のため?なぜ?」という私達の疑問にたいする理由です。そしてこれらの質問は私達がリラックスして人生を楽しむことを許しません。もしそうでなかったら私達はバランス状態に達して動物と同じようになります。全てのものは素晴しくて良くなり、自然のすべてはバランスポイントに達し、それと同時に静止してしまうでしょう。

しかし、創造の目的は全創造 – 無生物段階、植物段階、動物段階、および人間段階 – を創造主との同等性に至らすことです。この理由のために”動き”が全てのものに組み込まれているのです。しかし誰が、または何が、全てのものを動かしているのでしょうか。それは楽しみたいという願望でも喜びを貰いたいという願望でもなく、喜びの中で啓示される与える者にたいする知覚です。

創造主と自然は同じものです

以下は創造主が実際に創造したものについての質問です。

質問:私はあなたの「創造主と自然は同じ」という発現を聞いたことがあります。どのようにしてそんなことがありえるのか分かりません。創造主の創造したものが、世界、宇宙、そしてその中に在る全てのものを意味する自然でないとしたら、創造主は何を創造したのでしょうか?

私の答え:それら全ては創造主です。創造された唯一のものはあなた自身の自己(自我)だけです。

質問:創造主が私達に授与ではない「受取をする意図」を創造したのは、私達に自分自身の願望をもたせ、その後に創造主にそれを「授与をする意図」に変えて下さいと頼み、創造主との形態の同等性(同値・等価)に到達させるためでしょうか?しかし、無から(創造それ自体から)現れるこの新しい願望の発達は、私達が創造主から分離していることを認識させることになりませんか?

私の答え:是正を起こさせるものは、まさにエゴイズムによる悪の認識と創造主との離別です。

私達の連結の啓示はメシア到来の兆候です


私達の間にある繋がりを明らかに示しはじめたらすぐに、私達はメシアの世代のなかを生きていることになります。もし私達が「私達はみんな1つの家族だ」という事実を明らかにしているなら、これはメシア到来の兆候です。なぜなら私達はそれによってアダム・ハリションの体系を明らかにするからです。しかしそのときに自分達の望むことを遂行するには、この体系と同化しなくてはなりません。この結合は追放の終わりを象徴します。

アリ(the Ari)とハイム・ヴィタル(Chaim Vital)は500年前の彼らの生きていた時代に追放が終わりに来ていると感じていました。こうした理由でハイム・ヴァイタルは「私はメシアを待っているのだが、彼はまだ来ていない。」と記したのです。彼にとっては追放が終わったことは明白でした。偉大なカバリストは全員これについて言及しました。バール・シェム・トヴ(Baal Shem Tov)やバール・ハスラム(Baal HaSulam)もそれに含まれます。

しかし今日ではこれは、魂の体系全体の明かされた姿を見ることのできる偉大なカバリストだけにとって明白な事ではなく、普通の人もそれに遭遇しています。人々はまだそれを完全に感じていませんが、彼らはそれについて耳にしています。人は各自 自分が周りのすべての人に依存していることについて理解しつつあり、感じはじめています。人々は、相互連結体系(アダム・ハリション – 集団魂)なるものが存在し、働いていることを感じはじめています。これが”最初のひと”を意味するアダム・ハリションと称される魂の体系の啓示です。しかし現在このネットワークのなかで働いている力はネガティブなものです(裏側という意味)。それは創造主と反対の力です。しかしもしあなたが創造主に尋ねるのなら、彼はあなたの方に向いてくれるでしょう(表側を向けてくれるという意味、すなわち力がポジティブに感じられるようになるということ)。