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自分の内側を見つめて下さい 全てはそこにあります

受け取った質問:私は、カバラを学ぶようになってから、外部の問題がある理由とは、それが私に圧力をかけて、外部的な分析から内部的な分析に移行せざるを得なくするためであると理解するようになりました。なぜなら、もともとの原因、根源、そして“秩序”の全ては内部から由来しているからです。なぜ私は苦悩するのかということの理由を知るために、私は自分の内側で何が起きているのかを発見しなくてはなりません。しかし「私の人生の意味とは何か」という質問は、自分自身の内側を見つめさせて、そこに何が潜んでいるのかを見つけさせようと仕向けているのでしょうか?

私の答え:はい、その通りです。そしてこれこそがまさに今日、世界中の人々に起こっている事なのです。徐々に、全世界に於ける焦点、集中、注意、そして考えは、この方向に移行しはじめています。その間、人々はこのことに気がつくことさえもありません。ここ数十年間、私達の興味はこの世界から徐々に向きを変え、その代わりに自分達の内側を見つめるようになりました。これが我々の世代の傾向です。それは何故多くの人々がカバラに興味を持つようになっているのかということの理由でもあります。なぜならカバラだけが全てにおける内面的な根源と原因を、科学的かつ秩序だった方法で明らかにする能力を人に与えるからです。

これを行うには、私達は自分たちの置かれた状況に対する現実的な分析をおこない、新たな現実を明らかにできる新しい特性を獲得しなくてはなりません。私達は見方を外部から内部(内面)に変化させなければなりません。そうすれば、全ての根源と発端が人間の内側にあることを目にし理解するでしょう。この科学的かつ実用的なアプローチを持つことでしか、私達に起こる全出来事を制御する能力を得ることはありません。

そうすれば私達は自分達の状況や全世界でさえも変化させることが可能になるでしょう。なぜなら、私達の性質や特質を変化させることによって私達は新たな知覚と新たな世界を達成するからです。それはあたかも私達がある世界からもう1つの世界に移行するようなことです。

しかし、もし私達が自分たちを取り囲んでいる外部の世界を研究するのなら、私達は静物、動物、そして植物といった自然の生命レベルに対して小さな変化しかもたらせないでしょう。それどころか私達は常にこれらの変化が最終的に私達を傷つけるようになるということを発見するようになります。そしてこれ自体も、私達を自分たちの内側に向けさせるという意図で起きるのです。私達が自分たちを内面的に変化させ始める時、私達は人生の質的な変化、本当の変化をもたらすことができるでしょう。

カバラの学習は誤った固定概念と信念をなくさせます

人生で得た誤った観念と刷り込まれた考えの対処法について、2つ質問を受取りました。

質問:人々がカバラの勉強を始めるとき、しばしば彼らに誤った観念があるため、真正な観念に対して混乱します。この内面のゴミの山をかたづける最速で最良の方法はなんですか?

私の答え:私達は生徒の“あるがまま”を受け入れなくてはなりません。スピリチュアルな発達に作用するものは、その人が環境から得たインスピレーションのみです。そのあとで、それは創造主に向けられることになります。また、“皮はその果実を守る”という法則によって示されるように、私達はその誤った方法論のなかに含まれている価値も理解していません。これはいずれ私達に啓示されることになります。

私達は幼年時代そして人生を生きながら受け入れてきた無数の間違った考えと固定概念を背負いながらカバラに来ます。子供の頃に聞いたすべてのことは、私達の内側で“真実”の基盤を形作ります。そのあとで、人はこれらの“真実”によって導かれて、それらを乗り越えることはできません。

彼が新たな特質(それは、彼の内側で、彼が幼少時代にナイーブに聞いて信じてきたそれらの“スローガンや真実”がもつ力と同じように作用します)を得るまでは、上層の世界を知覚することはありません。しかし、彼が自分の力だけでその古い観念を捨てることは不可能です。何故なら、それらは新しいものと交換させる必要があるからです – これは[上層の]光によってのみできることです。それは次の達成段階から降下してきます。

質問:子供の頃に得たあらゆるものは、どの程度、私達を制限しますか?

私の答え:人が霊的な授与の力を授かって肉体を超越し、自己の肉体性をその側面から見はじめるようになると、その人は自分が信じられないほどの量のまったく根拠のない固定概念でいっぱいであることに驚くでしょう。これらは単にその人が根拠無く以前に信じ込んだものです。それらは彼の頭の中に入り、消す事のできない強い印象を残していきました。これは彼にはどうにもできなかったことです。

こういった理由から、誰でもカバラに来て勉強を始めることができるのです。そして唯一時間が経過して、徐々に、すなわち勉強している資料の影響下で、彼は誤った固定概念と信念を取り除くのです。人生の後の方に得た観念から脱することは簡単ですが、幼少時代に吸収した観念をなくすことは最も難しいことです。それでもやはり、人は地道に自分自身のこの“皮”の全部を剥くのです。その霊的な果実が本当に熟したときに、人がそれを使い始めるまで。

人間は世界全体です


受取った質問:世界のすべてが人間の内部にあるならば、外部の上層の力はどうやってマルフト(Malchut: 喜びを受け取りたいという欲求)をスピリチュアル・ワールドとの均衡に至らせるのですか?

私の答え:霊的な力は私たちの内に存在しています。外には何も存在していません。全てのものは人間の内側に在るのです:創造主、創造物、そして全ての創造。もし外側に世界が存在しているように見えるならば、それは是正された本当の知覚が自分に欠如しているからです。

しかし、もし私が私自身を世界の全部であるとして見なし、上層の力のようになることを考え、この力は全てに対してますます授与していて愛していると絶えず想像しているならば、この力に対する理解と感覚の程度に従い、自分の内面にある欲求と特質を他者と一体化させるようにオーガナイズします。

結局、私は世界がおそらく私の外側に存在しているという自分の誤った知覚と自分自身だけを是正しなくてはならないということになります。世界の全体が本当に自分の内側に存在していると感じはじめ、こうして人は現実を是正します。是正とは、自分の他者との関係性を変えることではなく、他者が自分の外側に存在し自分の一部ではないという現在の知覚を正すことから成り立っているとわかります。しかし、すべてのものは私のものということを発見したあとでも、依然として私はエゴイストのままなのでしょうか?

その後に、現実のすべて、その外部と内部がひとつのものとして見えます。そして、たとえ私がまだその真の霊的な現実認識に到達していない理由から、全てのものがひとつで唯一の総体として見えないとしても、それは問題ではありません。カバラの科学からの“テイクアウト”で一番重要なことは、人が自分だけを是正しなければならないということです。

偉大な魂が残した遺産は私達の為のものです


利己的な願望の中に留まることは、この利己の性質を創造主の性質に変える道具を欠くことです。上位の光 – 創造主の性質そのもの – は私達を改善する特別な力です。

しかしそれがそうする為には私達に自分の性質を利己的なものから利他的なものに変えたいという願望がなくてはなりません。そしてその願望は本物でなくてはなりません。すなわち言葉や涙をもって願うことではなく、心からの願望(欲求・要求・切望・リクエスト)でなくてはならないということです。

そのような変わりたいという本物の願望に到達することが、この人生における私達自身にたいする取り組みの全部を成しているのです。利己的な願望を授与の願望に変える過程を経験した人々は、そのことを著書にして、その中から私達に語りかけています。

私達の世界で親が赤ちゃんに赤ちゃんの成長にふさわしい必要条件を提供することと全く同じように、カバリストも私達の精神的発育に必要なものすべてを前もって用意してくれました。彼らは何世紀にもおよぶプロセスを通じ1つの偉大な魂(ソウル)に既に一体化していて、私達に未来の世界を用意しました。そして彼らはそこで私達を待ってます。

“行け、そして互いから利得するのだ”という概念


受取った質問:どうすれば本当の授与と利己的な授与を見分けることができますか?(訳注:授与は与えることと愛他を意味します)

私の答え:人が神の啓示を受けるにふさわしくなるまで、授与は完全に利己的なものです。すなわち自己の為に行われます。私達が他人に仕えるときに見返りを考慮することと全く同じことです。そのうえ私達は自己の利益について考えます:授与からの利得が自分の損失(つまり授与)よりも大きくなくてはならないことです。

しかし、たとえ人々がこの様なやり方で互いに与えて助け合ったとしても、またそうしながら互いの利害関係のことを考えていたとしても、この相互的な授与(それが利己的であろうとも)は私達に、平等の良さ、バランス、自信の獲得、に対する相互的な切望を感じさせる機会を与えてくれます。そして私達は授与の特質それ自体にあるメリットに価値を置くようになります。結果としての授与の行為はあまり重要視されなくなります。この特質の感覚とは違った、それについての自分自身のなかにおけるポジティブな実感、そして授与そのものから得られるポジティブな気分。

その上、もし人が何らかのソース(行為、行動、または他者から)から良いものを得たとしたら、その人はそのソース自体を愛して賞賛しはじめます。(訳注:ソースとは出所や源を意味します)

よって、人々は授与の特質を高く評価するようになり、それは人々に活力、援助、自信を与えます。人々はこの特質を習得したくなり、それに近づくようになります。その結果、改善する”ひかり”が人々に来るようになり、人々はお互いに与えあうことが報酬になると理解するようになります。本当の意味および非物質的な意味で、これが”行け、そして互いから得なさい”と呼ばれるものです。良い人生を達成しようと努力することによって、社会は与えることを尊重するようになり、こうして創造主が啓示されます。

“召使い”が権力を握っているときの世界の運命


カバラの科学の知識が世界の国々に伝わったとき、それは世界の発展を奨励し、同時に多大な損害をもたらしました。今日までカバラはイスラエルの人々の中で特別に選ばれた人にだけ開示されてきました。しかしそれが世界に開示されたとき、人々は宇宙の構造体系を利己的に会得しはじめ、自然法則を研究し、自己の利益を得る為にそれらを使い、自然と隣人を残酷的に利用しはじめました。

カバリストがカバラの科学を封印したという事実にもかかわらず、これが世界を過去および現在においてもなお続いている全ての破壊に追いやったのです。それはまだ封印されています。勉強の準備ができていない人がカバラの書物について何も理解できないというかたちで。まず初めに人は自己の性質を隣人の為の授与と愛に是正しなくてはならず、その後になってのみ自然の大いなる力がその人に啓示されるようになります。

しかし、人類が知識を探求してきた期間、私達は自然の外的な力を研究する目的で従来の自然科学を使うことはできました。そして知識も得ました。これが技術進歩を導きましたが、それは私達の損失につながってきたと明白に見てとれます。

その結果、人類の歴史が作り上げてきた全世界におけるすべての発展が、私達のエゴイズムのために使われてきたという理由で人類の利益にはならなかったと見なされています。私達が獲得した自然についての全知識と、私達が獲得し自分達の利益の為に応用しようとしてきた全ての法則と手本は、最終的に私達に牙を向けるようになりました。これは蓄積的なプロセスであり、自然の全段階および人間活動の全域において生じている全般的で世界的な危機を導いてきました。

人間が数千年に渡って行ってきた全てのことが今日において、それらが悪行であったとして露呈されています。それはあたかも私達がかつての人間文明の発展と現在との間に線を引いているようなことです。これから先は今までしてきたことの全てを正直に総計し、将来どのように発展していくのかを決めなくてはなりません。

私達の将来の発展を何処に向かわせればよいのかはとても簡単なことです。結局のところ、自然法則についての全知識と全科学が、私達のエゴイズムのために利用しようとしたことによって危害しかもたらさなかったと証明されたのだから、全てを反対方向を変えようではないですか! もし私達が本当に人類の利益の為にという良い道に科学と全知識を使ったとしたら、それは私達のヘルパーになり本物の繁栄をもたらしてくれるでしょう。そうすれば私達は自然破壊、環境破壊、そして自分自身に対する破壊をもうすることを止め、自滅の危機から脱却して、反対に全く新しい段階に上がります。

これら2つの反対なものを – 自然の力とその手本を私達の損失か崇高な目的のどちらかで使うとき – 女主人ではなく召使いが権力を握っている、または女主人 が召使いの助けをかりて向上し彼女自身を顕示すると呼びます。”女主人”のほうがカバラの科学です。カバラはそれを正しく使うことにより私達に人間性の是正方法を教え、自然のもう1つの部分とその計り知れない力を啓示します。このすべては私達が永久に存在する為に与えられたものなのです。

誰もがバランスの自然法則を学ぶ必要があります


受取った質問:“神”または”普遍的な自然の力”のような概念に普通の人は関心をいだきません。そんな高尚で世界的な概念をどのようにして21世紀の暮らしのなかに適用できますか? 人々は普遍的な自然の力やその内面的な啓示の必要性を感じていません。

私の答え:それは事実ではありません。今日私達が到達した状態とは私達が皆お互いに依存しあって生きているということです。私達は現在自然に逆らいながら1つの体系のなかで、歯車のようにぎっしりと一緒にはめ込まれている状態にいます。これはとても大きな懸念です。なぜならこれが今日の危機における唯一の原因であるからです。危機は収まるどころか、これからもエスカレートし続け、そうしたことからその影響の規模も常に拡大し続けることになります。

こういうわけで、世界と人類との自分の繋がりが自然に反していることにまだ気がついていない人は、私達の説明あるいは不慮の災難に遭遇することによって、そのことを発見するでしょう。また最も”小さい”人 – これら全てのことに対して無関心にみえる人 – でさえ、自然との調和がその人の他者の扱い方によって決まることを理解するようにならなくてはいけません。

各自がこのバランスの自然法則を学ぶ必要があります。なぜなら、この知識なくして自分の生活を正すことは不可能であるためです。人は体系全体のことを考慮し、全人類がお互いに繋がっていることと物理的な行為で自分の魂を是正することが不可能であることを認めて理解する必要があります。

人がいったんこの説明聞き、人類との自分の繋がりが自分の成功、人生、家族、健康、安心感、年金、仕事などを決定していることを理解すれば、次のように自問するようになるでしょう:「どうすればこれを達成できるのだろう? どのようにして私は自分を直すことができるのだろう?」その後になってその人は円熟し、是正方法を授かることになります。

肉体の死は髪を切ることと同じであるべき


受取った質問:自然を明かすとはどのような意味ですか?

私の答え:自然を明かすとは、私達を取り巻く一般自然法則を明かし、今とは違う段階にいる私達自身を出現させることです。言い換えると、肉体の五感が認知する現実とは対照的に真の姿の現実を明らかにするということです。この意味において私達は動物と何の差もありません。

今日の私達と動物との差は、私達が自然の全てを自分自身の為だけに利用したいという利己的な願望にあります。それはつまらない偏狭的な利益です。しかし私達は全ての人の内面にあるこの利己的な力を克服できるようにならなくてはいけません。

もしもこの利己的な力を授与の力と隣人愛に変えたなら、私達は自分達の性質を克服し授与の特質を獲得し、上層に存在している自然の総体的な力である創造主に似るようになります。これは全ての人の中で”創造主を明かすこと”と呼ばれます。これによって人は自己の中に授与という上層の特質を発現させ、創造主として、そして自然全体として、永遠で完璧な人生に到達するのです。

たとえ人が自分の動物的な肉体を失ったときでも、何かに対する欠如を感じることはなくなります。その理由はこの肉体的な人生が、最小で最低で最も取るに足らない生の形にすぎないからです。

ラバシュは次の例をあげました:人が肉体という動物的部分にある植物的部分を表す爪や髪の毛を切ったとしても、その人が爪や髪の毛を切った時に痛みを感じることはない。なぜなら植物的部分は動物的部分の段階より1つ下にあるからである。

それと同じく、私達が自然の動物的段階を克服し創造主の段階に到達したとき、私達は肉体的な生を失うことが意味のある重要な出来事として認知しなくなります。しかし私達がこの高い段階に到達するまでは、これからも肉体の死が重要な出来事であるとして見なしつづけることでしょう。

私達がいったん次の高い段階に上がったとしたら、この世の人生に留まる理由がカバラの知識を広めることと授与の必要性のためでしかないと理解することでしょう。この場合には、そうするための機会がこれからもずっと与えられることでしょう。万が一このような必要性がないとして、私達の肉体は死ぬためだけのものだったとしたら、最初から肉体の死は爪や髪の毛を切るときと同じにしか感じないはずだったでしょう。

私達は未来の預言を阻止できます


受取った質問:多くの人が2012年に重大な現象が起こると訴えていますが、カバラは2012年について何を伝えますか?

私の答え:カバラはそれについて何も伝えません。過去にバール・ハスラムは、1995年からカバラが世界全体に開示され、人々がそれを要求するようになり、それが人生を是正するためのものだと理解するようになると言いました。

星の位置や他の自然的兆候などは、何らかのプロセスが起きるかもしれないという事実を示します。しかしカバラはこれについて論じません。それを信じていないからといっているのではなく、全ての物事が私達の行為と是正によって決定されるという理由からです。良いか悪いかに関係なく、未来に起こる全てのことは、私達の一瞬一瞬の行為によって決定されます。

従って、人はどんな時も全世界を完全な是正に至らせる努力をしなくてはなりません。それによって未来が決定されます。2012年も含めてです。

すべての預言者や神のお告げなどは、自然の道を歩んだ場合の世界における、ゴールに向けられた進展について述べています。自然の道とは人間が苦しむだけで、自己の是正に対して何の参加や関与もしなかった場合を意味しています。しかし人間には全てを変えることのできる能力があります。私達が認知している未来についての兆候とは、全て自然界の無生物段階に付随していることだけであるということを考慮して下さい。私達はそれよりも3段階も上に位置しており(無生物 – 植物 – 動物 – 人間)、私達の能力は星やその兆候を超越しています。

カバラは私達に自分達の運命を完全にコントロールする能力を教え、自然界における全段階から生じるどんな危険状態も阻止することができます。実はこれが私達が実現する自由意志の方法なのです。

完璧とは“ひかり”と願望の結合です


受取った質問:あなたは、もし人が自分の中にある性質と特質を適正に結合するなら、完璧に到達すると言いました。この結合とは何のことですか?

私の答え:人間には2つの自然的な力が内的に存在しています。被造物の特質に相当する受取る願望と、創造主の特質に相当する授与する願望です。私達はその2つを適正に結合させて等しくする必要があります。

受取る願望は私達に初めは自己の為だけに行動させます。それを授与する願望と等しくさせるということは、それ自体を変化させるのではなく、その実行を変化させることを意味します。受取る願望はそのまま残りますが、その実行を”自己の為”から”他者の為”に変化させる必要があるということです。

こうすることによって受け取る願望は創造主の授与する願望に類似するようになり、人間は創造主の特質と段階 – 永遠と完璧の実行のなかに存在する願望の感覚 – に到達します。