人がいなくなると自然が活性化する理由

私のFacebookページ Michael Laitman 02/18/20より(英語)

1986年、チェルノブイリで起きた世界最大の原子力事故。人々はおびただしい量の放射能から逃れるため、大急ぎで家をあとにしました。それから30年後の今日、チェルノブイリから30km圏内の閉鎖地帯には、数十種の生き物が生息しています。そして、その多くは何世紀もの間、その一帯にはいなかった種なのです。

この事例が示しているのは、人間の自然への干渉は放射能よりもはるかに悪いということです。どうしてでしょうか?

カバラの知恵は、人間には自然にはない付加的な側面がある、と述べています。それは、人間のエゴであり、他のものを犠牲にして楽しむという欲求です。

そのため、たとえ気づいていなくても私たちがいる限り、どんな些細な行為であっても自然のシステムの完璧なバランスを妨げます。だから、人がいなくなることで自然が活性化するのです。

では、人間社会において、自然のような調和を得ることは可能なのでしょうか?

もちろん可能です。これは私たちがしなければならないことです。でも、一体どうやって? 自然の内的感覚やその法則を研究し、自然と一体となるよう努め、互いに流れ込むようにしてください。そのような自然との統合に達すれば、実際、すべてはただただ至福であると、わかるようになります。

憎しみを愛へ変える

質問:愛を憎しみへ、憎しみを愛へ変えるなら、その祈りの場所はどこにありますか?

答え:今あなたは、愛か憎しみの状態にあって、それを変えることをとても簡単に思っているようです。しかし、実際にはそれができないことに気づくでしょう。

誰かを愛せなくて、憎しんで拒絶さえしていると想像してみてください。次に、その状態を真逆のものに変えようとしてみてください。できますか? いいえ、不可能です。

しかし、あなたはそれを望んでいますし、あなた自身を変える必要があります。その憎しみが、自分をスピリチュアリティから遠ざけ、上層の世界を感じさせないようにしていることを理解するのです。では、一体どうすればいいのでしょう? その疑問を持った時、あなたは自分の憎しみを愛に変えて欲しいと請い始めます。

どうしたら、それができるのか? それを心配すべきではありません。わずかな光線が上層からあなたへ送られ、あなたは別人に、若く、美しく、愛し愛される人になり、すべてが開花します。それが、祈りです。
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From KabTV’s “Fundamentals of Kabbalah,” 12/29/19

新年の抱負

私のFacebookページ Michael Laitman 12/29/19より(英語)

他者とより強い関係性を結ぶほど、私たちはもっと幸せになれます。

新年の抱負として最も重要なことは、真の満足のあるたった一つの源へ投資をすることです。その源は良好な人間関係を通して見つけられます。皆それぞれが友情を築き、社会へ利益をもたらすことを焦点とする、全体的な統一の中で見つけていきます。

私たちの欲求が自分の外、他者へ与えることへ向いていれば、どんなときもむなしさを感じることはありません。そのようなつながりがある状態では、苦しみのない美しく完璧な人生を得ることができます。この満たしの源は際限がなく、新年のみならず、私たちの全人生に関わっています。

天国と地獄はどのように定義すべきか?

Quora、マイケル・ライトマン:「天国と地獄はどのように定義すべきか?」より

カバラの知恵によれば、天国は完璧な授与のスピリチュアルな世界であり、受け取りはほんの少しもありません。

もし私たちがたとえ極わずかでも、この世のものを超えて何かを望むなら、カバラの知恵を用いて、スピリチュアルな授与の世界への準備をし、他者との良好な関係を築いていけます。

そして、私たちが死ぬときーー体の死ではなく、他者を犠牲にして楽しむいう生まれつきの利己的な欲求が死ぬときーー、授け与えるという第二の性質に入ります。その性質が私たちにとって天国となります。

もし、私たちが準備をせず、授与の欲求を持たなければ、授与の関係性や他者への愛など、まるで地獄です。

そのためこの世は、適切に準備をするなら、愛と授与というスピリチュアル世界である天国に入れる土台、と考えられているのです。

天国と地獄とは内的状態のこと

質問:魂は発達する間、さまざまな変容を遂げます。宗教的な観点では、天国と地獄は魂の発達のある段階です。私はカバラ的な観点から、その意味を知りたいのですが。

答え:宗教が述べていることとは違います。

天国は、他者への授与に喜びがある状態です。地獄は、まさに恥ずかしさで火照っている状態です。

地獄とは恥の感覚のことです。天国とは愛からの喜びです。しかし、これはすべて、スピリチュアル段階でのことです。それ以外ではありません。

質問:恥の原因は何ですか?

答え:恥は、クリエーター(創造主)がどれだけ自分と反対であるかを見たときに起こります。

『カバラの知恵の前書き』では、クリ(器)がクリエーター(創造主)と反対であることを見つけたとき、恥を感じ、それ自体を制約して、第一制約(ツィムツムアレフ)が起こった、と私たちは学んでいます。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 6/23/19

バール・ハスラム

私のFacebookページ Michael Laitman 10/10/19より(英語)

イェフダ・レイブ・ハレヴィ・アシュラグは、『ゾハールの書』の解説書である『スラム(梯子)』から、バール・ハスラム(梯子の所有者)として知られています。バール・ハスラムはその生涯を、カバラの智恵の解釈と革新のために捧げ、それをイスラエル中に、また世界中に広げていきました。バール・ハスラムが展開したカバラの研究に関する独特のメソッドにより、誰もが現実を深く掘り下げ、その根と存在の目的を明かせるようになったのです。

バール・ハスラムは、1884年9月24日、ポーランドのワルシャワ生まれ。19歳のとき、ワルシャワで最高位のラビによってラビに任命されました。16歳のときには、ダヤン(正統派ユダヤ裁判官)として仕え、またワルシャワで教師をしていました。

ポーソブのラビ・イェホシュアに師事し、1921年にイスラエルに移住。エルサレムの旧市街に居をかまえました。バール・ハスラムが来たといううわさは、ポーランドから移住したユダヤ人たちの間ですぐに広まり、ただちにカバラの権威として知られるようになります。その周りには徐々に生徒たちのグループができ、夜明け前のカバラのレッスンに参加しました。後には、旧市街から引っ越して、エルサレムの新しい居住区であるギバト・シャウルに落ち着き、そこで数年間、その地区のラビを務めています。

1926年から1928年まではロンドンで過ごし、その間、アリの『生命の樹』の解説書『パニム・メイロット・ウマスビロット』をしたため、 1927年に出版。また、その滞在中、イスラエルの生徒たちと頻繁に手紙を交わし、それは1985年に『イギロット・コデシュ(神聖なる手紙)という本にまとめられています。

1933年には、論文『マタン・トーラー(トーラーの授与)』『ハアルヴット(相互保障)』『ハシャロム(平和)』を出版。

バール・ハスラムの長きにわたる仕事の成果として、2つの主な作品があります。それは、アリの著作に関する解説『タルムド・エセル・セフィロト(10個のセフィロトの研究)』と、『ゾハールの書』の解説『ペルシュ・ハスラム(スラムの解説書)』です。16章(6巻)からなる『タルムド・エセル・セフィロト(10個のセフィロトの研究)』の出版は、1937年に開始。1940年には、アリの著作を厳選しその解説を添えた、『ベイト・シャアル・ハカヴァノット意図の門)』を上梓しました。ゾハールの解説である『ペルシュ・ハスラム』18巻は、1945〜1953年にわたって印刷されています。 後に、さらなる解説を含む3巻、『新ゾハール』が、バール・ハスラムの死後、1955年に刷られました。

バール・ハスラムはゾハールの書への手引きで次のように書いています。「私がその解説をスラム(梯子)と名付けた理由は、この書の目的があらゆる梯子と同様であり、もしも屋根裏部屋に山ほどの素晴らしいものがあるならば、必要なものはそこにいくための梯子だけであり、その時世界中のすべての恵みはあなたの手の中にある、ということを示すためである(第58項)」。

バール・ハスラムは、カバラの原典を正当に学ぶための準備として、一連の解説を書いています。その一部には、『ゾハールの書の前書き』『ゾハールの書への手引き』『カバラの知恵への前書き』『スラムの解説書の前書き』『生命の樹への一般的前書き』『タルムード・エセル・セフィロトへの手引き』などがあります。

1940年には『ハウマー(国家)新聞』を初刊行。しかし、結局それが最終刊となりました。この新聞は、英国の委任当局が共産主義を広めたという悪意のある情報を受け取ったことで、廃刊とされたのです。

バール・ハスラムは、自分の本の出版で途方もない困難に直面しています。2003年のイスラエル賞を受賞したシュロモ・ギオラ・ショハム教授が1950年代初頭にバール・ハスラムと会談した際の記述から、バール・ハスラムが出版とカバラの普及に帰した重要性を知ることができます。

「彼は老朽化したぼろぼろの建物、ほぼ掘っ立て小屋のようなところにいた。そこには古い印刷機があった。彼には植字技術者に支払う余裕がなく、 60代後半にして、自ら一文字ずつ組版し、何時間も通して印刷機の前に立っていた。 アシュラグはツァディック(義人)であることは明らかで、晴れやかな顔をした謙虚な男であった。 しかし、彼は完全に社会の本流から外れた人物であり、ひどく貧しかった。 後に聞いたところでは、彼は非常に多くの時間を植字に費やし、印刷過程で使用された鉛が健康を損ねたとのことだ」

この抜粋は、2004年12月17日にハアレツ新聞に掲載された、ミッカ・オデンハイメルによる記事です。

バール・ハスラムは、単に自分の考えを紙に著しただけにとどまらず、その推進活動にも精力的でした。 当時のイスラエルにおけるユダヤ人居住地の多くの指導者や労働運動の指導者ほか、多くの公人と会談しています。その中には、ダヴィド・ベン=グリオンやザルマン・シャザール、モシェー・サデー、ハイム・アーロゾロブ、 モシェー・アラム、メイル・ヤアリ、ヤアコブ・ハザン、ドブ・サダン、偉大な詩人であるハイム・ナフマン・ビアリクなどの人物がいます。

イェフダ・アシュラグと数度にわたり会談したベン・グリオンは、実に驚いたとのこと。

「私は彼とカバラについて話したかったが、彼は社会主義について話すことを望んでいた」

(ベン=グリオン・アーカイブ、1958年8月11日の日記より)。
ドブ・サダンは、そのエッセイ「3つの会議とその間に」(アモット、テルアビブ、1963、P.49)で次のように書いています。

「当時最も偉大なカバリストの一人であるラビ・イェフダ・レイブ・アシュラグは、カバラの基本を私たちの世代の歴史的なエンジンに変えることを目指していた。これに基づいた社会主義的な認識を通じて、彼はキブツ運動との接触を求めたのだ」

バール・ハスラムがヘブライ労働運動とその指導者たちとのつながりを求めたことは、両者にある精神的および教育的な食い違いを考慮すれば、驚くことかもしれません。しかし、彼の著作を深く研究すると、イスラエル国内でも世界でも、その両方でその時代の出来事に多大に関与していた博識者のうち魅力的で興味をそそる人物、そのアイデアが今日にあってなお画期的で大胆であると考えられている人物が明らかになります。

時間と空間、動きを超え、死者とコミュニケーションするには

Thrive Globalが公開した私の新しい記事:How to Rise Above Time, Space and Motion and Communicate With the Dead”(英語)

カバラの知恵によれば、私たちが自然や自然の法則にならって成長し、より高度な人間の状態を目指すならば、このような科学技術による方法は必要ありません。狭く限られた人間の脳が想像できる、科学技術的な手法によるどんなものよりも、完成された現実を経験することになります。

AIテクノロジーは、死者とのコミュニケーションを手助けする方向へ行きつつあります。ヒア・アフター(HereAfter)が、愛する人が亡くなった後も、会話を続けられるAI学習の提供を開始。愛する人の思い出ばなしで我慢するのではなく、AIテクノロジーに人の話し方、振る舞い方を学習させることを提供しています。

そうはいってもこれは、人々や世界、自然に対する態度といった面で、内面的な進歩のない方法であり、私たちが押し進めている科学技術の一例です。 私たちがもっと精神的、感情的に進歩すれば、亡くなった愛する人たちとコミュニケーションをとるというニーズは、単に子どもっぽく、人生の目的のなさから生じているように映るでしょう。

人々が温かさやサポート、守られる感覚を求めていること、この技術がそういった感覚の提供に役立つことは理解できます。しかし、そのような取り組みは人間の前向きな発展に、何も貢献しません。 精神に作用するドラッグをすぐに入手できるというような、今日の傾向と違いがありません。それは、落ち着いた泡の内に私たちを閉じ込めていきます。

全般的に、社会に人生の目的がないのです。かつて私たちの目の前で、努力に値する崇高な目標として光を放っていたものは、消えてしまいました。目標が欠如した中で、ドラッグなどの合法化と共にある開発。その線上にあるもののように、私には見えます。それらは、つかの間の代替品として現れているのです。

死者とコミュニケーションするための技術は必要ない

カバラの知恵によれば、私たちが自然やその法則にならって成長し、より高度な人間の状態を目指すならば、このような科学技術による方法は必要ありません。狭く限られた人間の脳が想像できる、科学技術的な手法によるどんなものよりも、完成された現実を経験することになります。

カバリストとは誰のことでしょうか?  カバリストとは、時間や空間、動きを超えて、相互に結びついた現実の知覚と感覚を獲得した人々です。時間や空間、動きを超えて上昇するため、身体的・物理的にコンタクトするしないにかかわらず、カバリストどうしや、少し昔の人・遠い昔の人ともコミュニケーションが可能です。

想像力や幻想力、神秘的能力、予言的能力。そのどれでもありません。それは、カバラの方法論で獲得できるとても現実的な能力です。

私たちの知覚と感覚の中で、時間や空間、動きを超えて上昇することにより、私たちは自然の始まりと終わりへアクセスします。すると、これまでに生きていたどんな人でも、その人たちが何をどのように考え、感じていたかを知れる衣をつけられます。それにより、その人たちから直接学び、そのアドバイスを役立てられるのです。

これは、カバリストのイェフダ・アシュラグの記事「スピリチュアリティとは決して失われることのないものと言われる」で述べられていることと同様です。

「そこから、我々の賢者たちによるトーラーの詩の解釈が広げられる。彼らは、これはアブラハムがイサクに言ったことであり、他にも賢者たちによる同様の言葉があると言っている。おそらく彼らは、詩の中で説明され語られていることを話しているのだろう。
ここで疑問が生じる。『人が誰かに言ったことを、彼らはどうやって知ったのか?』しかし、アブラハム(または同様の誰か)がいた段階に到達した人々は、そのことによって、アブラハムが見て知ったものを、彼らも見て知ることになるのだ。
このため、彼らはアブラハムが言ったことがわかる。そして我々の賢者たちがトーラーの詩を解釈して話したすべての言葉も、同様にわかる。それは、スピリチュアリティにおける各段階は現実であり、彼らもまたその段階を獲得したからである。誰もがその同じ現実を見る。英国のロンドンという都市に来る誰もが、都市にあるものを見て、都市で話されていることを知るように」

カバラを使って時間、空間、動きを超えて上昇する方法

私たちはそれぞれ、生まれ持った利己的な性質に基づき、主観的な個々人の知覚という狭い枠組みの内で、時間や空間、動きを感じています。カバラの知恵は、他者への愛を育むことによって、現実に対する私たちの利己的な知覚からどのように上っていくか、というメソッドです。そうすることで、すべてのもの、すべての人が一つにつながる、永遠なる完成された現実を明かします。

その方法で現実に到達することは、自然が持つ知覚の獲得を意味します。フィルターのない、壊れていない知覚です。私たちは、自然にある愛と授与の力がどのようなものかを感じるようになります。それは絶えず、現実の各部のすべてを、たった一つの全体なるものへつなげようと働きかけます。私たちは、人生へのアプローチを自然の法則と機能に合わせていくのです。

この相互接続された現実への到達から、私たちはこれまでに生存した各個人の欲求や思考にアクセスできるようになります。これは、目下のところ検索エンジンを使用して、ヴァーチャル・クラウドから必要な情報を引き出す方法と比較できます。ただし、それは単なる検索クエリーよりもはるかに集約されています。私たちは、ソロモン王からヒトラー、存在すら知らなかった人々まで、あらゆるカテゴリーの人々の状態を文字通り装えるです。

もちろん、このたいへん喜ばしい能力は、他者や自然の利益のため、利己的な自己利益のひとかけらも付けることなしに、完全な利他によって使う人にだけ許可されます。それが、自然というものの状態です。だから、私たちは、現実へのそのような態度を獲得するよう、自我を超えて上昇するため、カバラの知恵を必要としているのです。

他者や自然との絶対的なつながりに、精巧な技術は必要ありません。カバラのメソッドに従って、「内なる作業」と呼ばれる、思考や欲求、意図へ取り組むだけで、まったく新しい広大な現実の知覚と感覚を養えるのです。

 

ラバシ

私のFacebookページ  Michael Laitman 10/3/19 より(英語)

思い悩み眠れずにいた、1978年のある寒い雨の夜のこと。私は、不意に自分がどこともなく車を走らせていることに気づくと、大きな標識が私の目に映りました。「ブネイ・ブラク*」という標識でした。そこへ入っていくと、通りに人気はありませんでした。「ハゾン・イシュ」ストリートの角で通行人に出くわし、私は尋ねました。「ここでは、どこで学べるんですか?」と。するとその人は私を見て、こう答えました。「この道の突き当たりまで行くと、そこに果樹園が見えます。その反対側です」

私はこうして、20世紀最大のカバリスト、バール・ハスラムの長男であり後継者である我が師、ラビ・バルーフ・シャローム・アシュラグ(ラバシ)と出会い、その時から、私の人生はまるで別の人生になったのです。

それから12年の間、私はラバシの個人助手および弟子として仕え、ラバシがカバラの知恵において知るすべてを吸収しました。毎日、ラバシは2階に閉じこもり、筆をしたためていました。そうやって、ラバシの深遠な記事が生まれたのです。そして、その記事が、今日の人に最も適したスピリチュアルな道を切り開き、すべての人のために道を整えました。ラバシ以前には、彼のように簡潔および実践的な手法で著した人はいませんでした。道に沿って子を導く父のように、ラバシは読者の手を取り、真の人生の意味を見つけるまで導いていきます。

「一度、私が愛の服を手に入れたら」と、ラバシはその有名な手紙『友の愛』の文末で、生徒たちに書いています。「愛の火花はすぐに私の中で輝き始める。心は友とつながり一緒になることを切望し始めた。私の目が友を見て、耳が友の声を聞き、口が友に話し、手が抱きしめ、足は友と一緒に輪になって、愛と喜びの中で踊るかのように……」(ラバシ)。

1991年にラバシが旅立った後、自分の目的を明らかにしたい、という欲求で心を燃やす人々が集まり始めました。 そして次第に、ブネイ・バルーフ「カバラ教育研究所」が形づくられていったのです。ブネイ・バルーフとは、カバリスト、バルーフ・アシュラグにちなんで名付けられました。 毎朝、私たちは『10個のセフィロトの研究』や『ゾハールの書』の解説書である『スラム(梯子)』といった、バール・ハスラムやラバシなど、カバリストの著作を研究しています。 我が師がその父から継いだカバラの知恵を私に与えたように、私たちは興味のある人なら誰にでも、このメソッドを分かち合っています。

本日**、この世代で最も偉大なる我が師、ラバシを亡くしてから28年目を迎えました。 私たちが彼の道を忠実にたどれることを、願っています。

*イスラエルテルアビブの東の中央地中海沿岸平原に位置する、超正統派ユダヤ教の中心地(訳注)

**10月3日(訳注)

ラバシとは誰か?

今日*、私たちの師であるカバリストのラビ・バルーフ・シャローム・アシュラグ、通称ラバシの命日を偲ぶにあたり、私たちは彼の思い出を掘り下げていくようなことはしません。命日に特別な重きは置きません。それは真実からほど遠いところにいる人々の慣習です。 私たちは単に自分たちの根源へよりつながり、より付着し、少なくとも近づくためのしるしとして、この日に関わります。

なぜでしょうか? それは、ラバシとは本当は誰なのか? ということです。ラバシとは、私たちに対する、ある特定範囲のクリエーター(創造主)の啓示です。

ラバシに関して、クリエーターに感謝します。「彼」(クリエーター)は私たちに使者を送り、それれによって、クリエーターに近づく機会を与えました。私たちを是正し、上層の力と同等の形態に適応させるためです。

つまり、ラバシとクリエーターに自分たちをどうつなげるか、ということです。

ラバシは、私たちとクリエーターの間に位置します。 私たちは、ラバシを通してすべてを、彼のスピリチュアル的上昇のすべてを受け取ります。各自は、その友と師を通して創られ、存在しています。しかしラバシは真実、システムとしての現れです。 そして、クリエーターとのつながりの形を私たちに明らかにします。それを通して、私たちは完全に自分自身を知り、真実に近づくのです。

何よりもまず、その絵を自分自身に描く必要があります。私たちは外側にあるもの、つまり人の習慣や行動を扱ってるのではない、ということです。 第一に、クリエーターがこの独特な方法で「彼」自身を明かした、私たちに対する「彼」特有の啓示を理解する必要があります。

そのため、ラバシに感謝すればするほど、クリエーターに近づきます。

「ラバシ」と呼ばれるこの特別なより高い力を通して、「彼」が私たちのために与えられた啓示の段階に感謝します。それは私たちにとって重要なものになっています。 それが、クリエーターに私たちを近づけ、つなげたのです。

今日この日に、私たちはこのトピックについて詳細に書かれている抜粋を読んでいきます。 そして、ラバシという形に自分自身をぴったり合わせるよう試みます。それは、ある程度、外面で明かされた後で、隠される、すなわち、離される、というものです。

さらに、離されても、浄化されても、どちらにしても私たちは自分で自分を浄化するために、自らを高めていく必要があります。そして、そのユニークなスピリチュアルな根とつながり、その中でより高い段階を見ます。より高い段階とそのような関係を築くことを経て、私たちはクリエーターへ向けてさらに前進できるのです。
*10月3日(訳注)

Based on the Lesson on the topic of “Memorial Day for Rav Baruch Shalom Halevi Ashlag (Rabash)” – Oct. 3, 2019

関連動画:
レッスントピック「ラビ・バルーフ・シャローム・ハレヴィ・アシュラグ(ラバシ)」、2019年10月3日

気候について、グレタのこと

私のFacebookページMichael Laitman9/27/19より(英語)

「あなたたちは空っぽの言葉で、私の夢と子ども時代を奪いました。でも、私は運が良い方です。人々は苦しみ、死にかけ、全生態系が崩壊しかけています。人類全体が絶滅しかけているのに、あなたたちが話すのはお金のことと、経済成長がずっと続くというおとぎ話だけ。よくもそんなことができますね!」グレタ・トゥンベリ

スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥンベリは国連気候変動会議で、言葉に詰まることなく、率直で直接的、断固とした口調で演説しました。なおざりにされた気候危機に対する、若者の世界的抗議です。11歳でうつ病になり、話すのをやめ、アスペルガー症候群、強迫性障害(OCD)、場面緘黙症と診断されたこの少女は、現在16歳。放置された気候危機問題に対する、世界規模の若者の運動をリードしています。

グレタの声は、世界中の環境活動家の声になり、400万人以上の人々を世界中の街頭に駆り立てました。しかし、心を打つ純真さの背後で、多くの人がこの機会を自分が取り組んでいる問題を促進するために利用しています。これは私たちが住んでいる利己的な世界における、物事の仕組みのありようです。すべては利益に基づいて計算され、最終的に誰かが利益を得ます。また、世界の各首都の空っぽな広場で見られる、色とりどりのグレタのプラカードもその仕組みの一環です。

私は、彼女にも彼女の背後にいる人々にも、何も言うことはありません。個人的には、彼女が候補になっているノーベル平和賞を、彼女に与えたいと思います。人類の4分の1と彼女の緑の抗議から生まれた肯定的なメッセージ。それにより、ついに世界はここに深刻な問題があることに、同意し始めたのです。自然の力から逃れられないこと。地球温暖化は人間の意思の弱さの報いであること。気候危機の大部分は直接的にも間接的にも、人類によるものだということに。

ここから、2つのタイプの性質が明らかになります。グローバルに相互接続された性質と利己的に切り離された性質です。そして、この2つの交わりは、ゼロです。また、人間のつながりが自然の各部の関係に影響を与えるため、何よりもまず自然の法則に合わせて、自分たちを調整する必要があります。

生態系はその全体が不可欠です。人間の活動、つまり世界に対する人間の態度だけが、人類を悩ませている気候危機を生じさせています。 これは、私たちの手足で何かしたからでも、口に入れた食べ物の種類によるものでもありません。私たちの利己的な性質が抑制されないまま、制御不能となり、国連の誰一人として、対面上でしか地球規模の生態学的バランスを考えないのなら、私たちは地球に別れを告げることになりかねません。

自分たちを自然と調和させる根本的な解決策は、ますます増大する自我の上で、ポジティブな人間関係を強めていくことにあります。私たちの間にある分離。その悪影響が、鉱物、植物、動物という自然の全段階に浸透しています。カバリストが、「人は小さな世界であり、世界とは偉大な人である」と書いているように。

ですから、親愛なるグレタ。地球規模の現象を癒やすには、人間としての相互関係を築き始めることです。社会が正されるようにと、私たちが純粋に泣いて求めるのなら、きっとうまくいくでしょう。その間、私はずっとあなたとともにいます。