『ゾハールの書』からの影響とは

質問:『ゾハールの書』を読んでいるときに、スピリチュアルな力がどう影響して、学んでいる間にどれくらいの是正が起こっているかを私たちが感じることはない、と先生はおっしゃいます。何も感じないのであれば、何も起こっていないということですか?

答え:もちろんです! 私たちは自分の体で起きていることを感じているのでしょうか? 私たちが感じ取っているのは、起きていることの100万分の1にすぎません。それ以外は、私たちの感覚や思考を通り過ぎていき、私たちには何かを捉える隙さえありません。

質問:私は通常、何かを感じれば何かしらの判断ができます。先生は、感じないのなら、何も起こっていないとおっしゃいますが、そうであれば『ゾハールの書』を学ぶことで、人々に影響はあるのでしょうか?

答え:実際私にとって重要なのは、私が本当に存在している統合された世界であり、目に見えているこの世界ではありません。私は、世界の完全な姿と、それが自分にどう影響するのかを知りたいと思ってます。また、今日は感じられないことも、明日は感じられるかもしれません。ですから、まずはこの世界を体験する必要があり、次に自分が感じている世界の一部で励むのです。

明かされた世界と隠された世界という2つの世界があります。私は自分の周りのものすべてを明らかにして、全人類、全宇宙とつながらなければなりません。

これが、カバラの目的であり、カバラが受け取りの科学と言われる理由です。受け取りとは、普遍的で完全な宇宙の開示を指します。ですから、私は私たちの世界や肉体というものの枠組みの中に、自分を感じることはありません。私は、完全で永遠な、自然全体と完全に調和した世界の中に自分を感じています。私はその世界の不可欠な一部であり、その世界と同じように永遠であると感じているのです。

質問:一般の人が『ゾハールの書』を学び始めたとしましょう。その一節を読むだけでも、影響はありますか?

答え:たとえ聞いているだけで理解していなくても、影響はあります。それでも、その人は(『ゾハールの書』の光*)と接触しています。なぜなら、私たちの世界で起こることはすべて、欲求という私たちの世界のものを通じた接触だからです。
*訳註

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2010年3月10日の KabTV  「I Got a Call. The Hidden Influence of The Book of Zohar」より

アリが人類に明かしたこと

人の中には、その本質からして、上層とのつながりを切望する人たちがいます。その人たちは、私たちが誰とつながっていて、誰によってコントロールされ、自分たちが本当は何者であるかを説き、伝えてくれています。歴史上、そのような人は数多く存在し、中には上層の力とのつながりを築く方法を遺してくれた人たちもいました。私たちは、そのような人たちを記憶に留めて敬い、彼らから学んでいます。

これに多大な貢献を果たしたのが、16世紀に生きたアリ(イツァーク・ルリア・アシュケナジー)という名の人物です。彼以前の多くの世代にも、アダム・ハリションからアブラハム、イサク、ヤコブといった代々のカバリストたちがいました。そして、各々のカバリストの名のもとに、人のスピリチュアル的成長のためのカバラの学校が存在しています。

中でもアリは、カバラの発展にとって非常に重要な存在です。今日はアリの命日という追悼の日であり※、私たちが彼を偲びその著作を学ぶならば、もはや人類のどこにも存在しないこの特別な魂とつながる機会が得られます。

この魂は、アダム・ハリションのシステムの中でとても特別な役割を果たし、魂の是正というほかの誰も達成できなかったことに大きく貢献しました。

アリとつながりたいのなら、彼が弟子たちに説いたカバラの科学の原理につながらなければなりません。つまり、汝のごとく隣人を愛せよという規則を完全に守る必要があります。

アリが人類に明かしたことは、モーゼがトーラーを受け取ったことと同じくらい重要とされます。私たちは、実際にはトーラーを理解できておらず、どう用いればよいかもまったくわかっていません。アリはそこから一歩踏み出し、トーラーの内的本質やそれを守る必要がある理由について説明しました。そして、私たちのつながりを通して、どのように創造の各部すべてをつなげるのかということを教示したのです。

私たちが自らの努力によってその各部を集め、是正に至ることができるよう、創造物は意図的に粉砕されました。そうして、すべてをつなげる力、すなわちクリエーターという内的な力を獲得するのです。

トーラーそのものからは、これらすべてを理解することは不可能でした。しかし、第一神殿と第二神殿の崩壊後、世代を追うごとに堕落し、16世紀に追放の2千年の最終段階が近づくと、人類に是正の方法が明かされる時がやってきました。そうして、上層のシステムがいかに私たちに影響を及ぼしているか、それに従い私たちが何をすべきかを説明するために、アリの魂が現れたのです。

私たちがどこにいるのか、どの力が上層から私たちをコントロールしているのか、それに応じて私たちは下層からどうすべきか、私たちの目的は何なのか。アリは、これらについてまとめ上げ、体系立てた明瞭な説明を与えてくれたのです。

2021年7月14日「アリの追悼記念日」のデイリー・カバラレッスンより。
※(訳註)本記事のオリジナル(英語版)が公開されたのは2022年7月15日。*

セフィロトとは何か?(Quora)

マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事、「セフィロトとは何か?」より

「セフィロト(Sefirot)という言葉は、「輝き」や「照らし」を意味する「サピール(Sapir)」という言葉に由来します。

カバラの知恵は、愛や授与というスピリチュアルな力があること、またそれを「光」と呼ぶことを説明しています。私たちが自分自身をこの力に適合させようとすると、光を自分の欲求に入れて、その中できらめかせようとします。そうして、スピリチュアルな欲求に照らし出された欲求のことを「セフィロト」と呼ぶのです。

スピリチュア的に到達するためのプロセスとは、持って生まれた物質的・肉体的な欲求を、愛と授与のスピリチュアルな意図で超えていくことにあります。そうするほどに、セフィロトをより明かすことになるのです。

私たちはセフィロトを、隠蔽(ヘエレム:He’elem)という言葉からスピリチュアル世界(オラモット:Olamot)と言われる場所で発見します。つまり、スピリチュアルな段階が上がれば上がるほど、セフィロトの照らしが明らかになり、私たちの知覚や感覚から隠されていたものが消えていくのです。

この記事は、KabTVの2023年8月27日放送、「カバリスト マイケル・ライトマン博士との『カバラの知恵への前書き』」より、カバリスト マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。*

カバラが隠された知恵とされるのはなぜか?(Quora)

マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事、「カバラが隠された知恵とされるのはなぜか?」より

カバラの知恵が隠された知恵と言われるのは、正しく用いることのできる人だけにこの知恵が開示されるからです。

カバラの知恵を「正しく」用いるとはどういう意味でしょうか? それは、この知恵を実践する者たちが相互につながり合うシステムを構築し、その中でこの教えを明らかにすることを意味しています。

それは、私たちの思考や知性からは出てこない教えです。カバラの知恵では知的に賢い人はいらない、と何ヶ所かに書かれています。カバラの知恵で必要とされるのは、心で働く人です。例えるなら、互いに影響し合えるように、自分の欲求を調整する人です。そうすることで、その人たちの間にある、つながりのシステムに影響を与えます。そして、それに応じて「クリエーター(創造主)」と言われる特別な影響、つまり、その人たちが構築するつながりのシステムの内側で光を放つ、愛や授与といった上層の力を受け取るようになるのです。

この記事は2023年9月28日のカバラのデイリー・レッスンより、カバリスト マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。*

スピリチュアルな体験とは?(Quora)

マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事、スピリチュアル体験とは?」より

暗闇の中で目覚めたとしましょう。その時、あなたは訳が分からず、何も感じていません。

その後で、ゆっくりと朝の日課をこなし、家を出て、通りに向かい、世界の中へと入っていきます。

そして、新聞をめくってラジオを聴き、人々と会話をするのです。

そうすることで、徐々に自分が生きている世界へと入り、眠りから遠ざかっていきます。

これは、スピリチュアルな世界に入っていく時と似ています。私たちはスピリチュアル世界に存在するあらゆる情報や感覚を受け取り、その世界と触れ合っていきます。

膨大な量のエネルギーや情報、過去や未来を感じ、スピリチュアル世界の広大なシステムではその各部が調和し、一体となって機能しているさまを体感するのです。

私たちは心と魂にできる限りそのシステムを取り入れ、システムは私たちをそれに同調させていきます。

巨大なシステムの小さな一要素である私たちは、そこに組み入れられることを望み、システムは私たちに影響を与え、システムにとって不可欠な部分へと私たちを変えていくのです。

この記事は、KabTVの2011年9月13日放送、『カバラリスト、マイケル・ライトマン博士との「I Got A Call、Self-Examination」』より、カバラリスト、マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。*

 

「犬はがんを嗅ぎ分ける?」(Quor)


マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事、犬はがんを嗅ぎ分ける?」より

イスラエルのスタートアップ企業「SpotitEarly」は、犬を使って、その嗅覚でがんを発見しています。その方法は、まず、患者にマスクを着けてもらい、数分間呼吸をしてもらいます。その後、マスクを回収し、実験室で犬が匂いを嗅ぎます。犬は90%以上の確率でがん患者を発見しています。しかも、症状があらわれる前のごく初期段階で検知することができるのです。

確かに、自然界にはまだ解明されていない現象がいくつもありますし、近いうちに、もっと多くの発見があるかもしれません。でもやはり、この発見はがんを早期に見つけ、多くの命を救うことができるという、素晴らしいものです。

また、この発見は、すさまじい技術的進歩を遂げている人間よりも、犬のほうががんを効率よく発見できることを示しています。犬は人が発する気体や気といったものから、人が何を考え、何を感じ、体のどこに病気があるのかなど、私たちについての多くの情報を検出できるのです。ほとんどの動物は、私たちが発する気体や気といったものを感知していますが、私たちは動物のそれを感じないので、動物が何を感知しているのかがわかりません。

私たちは普通、人間が最も発達した生き物だと考えていますが、知性は発達していても、そのような能力において、動物よりも劣っている点があるのがわかります。その端的な例が、私たちが発達すると、より多くの武器を発明し、備蓄していくという事実です。つまり、私たちが手を出せば出すほど、悪い結果を招いてしまうのです。

より前向きな発達をスタートさせるためには、少し先の未来を見据えて、真剣にこう自問する必要があるでしょう。「生きることで、本当に得られるものは何なのか?」と。

この記事は、カバラリスト、マイケル・ライトマン博士の動画「犬はがんを匂いで嗅ぎ分ける?」に基づいて、マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。
写真:Christian Lue*

どうしたら核戦争を防げるか?(Quora)


マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事「どうしたら核戦争を防げるか?」より

米国、ロシア、中国、英国、フランスという世界最強の5カ国は、「核戦争に勝ち目はなく、決して核戦争を行ってはならない」という共同声明を出しています。しかし、それでも、これらの国々は何兆円もの資金を軍拡競争に費やし続けているのです。こういった声明は、権力者が自らの治世を継続していくために、国民が聞きたいと願うことを伝えているにすぎません。

私たちは、根本的に私利私欲で生きていて、それぞれが他人の利益よりも自己の利益を優先させています。そうして、私たちは、将来起こりうる戦争を防ぐには頼りない、ぐらついた基盤の上に、自らの身を置いているのです。

本当に核戦争を防ぐのなら、私たちの利己的な性質を是正し、自己の利益よりも、他人や自然の利益を優先させることが必要です。これは、広くは一般大衆からえり抜きの支配層まで、すべての人々の間でなされるべき是正です。

私たちの利己的な性質を是正するため、また将来の戦争から自分たちを守ってくれる人間関係のしっかりとした基盤を発見するためには、新しくて普遍的な教育が必要です。それは、分裂よりも協力して団結する必要性に焦点を当てたものです。

私たちは、自分たちの利己的な性質が、いかに自然の一般的な利他的な法則と逆であるかを学ぶ必要があるのです。人類の発達の原動力は何でしょうか? 私たちはどこに向かっているのでしょうか? そして、自然の利他的な法則に対し、どのように自分たちを調和させれば、平和でバランスのとれた人生を送ることができるのでしょうか。

この新しい形の普遍的な教育だけに心を注ぎ、私たちの利己的な性質の是正にとりかかればとりかかるほど、私たちは将来の戦争から身を守ることができるようになるのです。

この記事は、カバラリスト マイケルライトマン博士とセミョン・ヴィノクールの共演によるKabTVの番組、『News with Dr. Michael Laitman(マイケル・ライトマン博士によるニュース)』をもとに、2022年1月1日、カバリスト マイケル・レイトマン博士の生徒たちによって執筆・編集されました。
写真:Ant Rozetsky (@rozetsky)、Unsplashのフォトコミュニティより*

「人類の未来はどうなるのか?」(Quora)

マイケル・ライトマン博士のQuoraでの記事「人類の未来はどうなるのか?」より

将来的に、人々は自然の各部に無数のつながりを見るようになるでしょう。

より厳密に言うなら、私たちの未来がどう変化するかは、つながりをどう理解するかにあります。

例えば、突然宇宙人がこの惑星にやって来たとします。宇宙人は、私たちをひとくくりに捉えるでしょうから、警察官と泥棒、金持ちと貧乏人、女と男など、その違いを見分けることはできません。それは、私たちにしてもそうなのです。

人々の間に愛と授与の力があることが明かされて、人と人、人と自然が正しくつながった世界を発見したとき、私たちはすばらしく広大で、まったく新しい現実を感じることになります。生まれたものも、生まれていないものも、生きているものも、死んだものも、宇宙で起こっているすべてのことを奥深く理解するようになるのです。

それが、私たちの未来が行きつく先にあるべき姿です。

私たちは、自然の全サイクルにおいて、無生物や植物、動物、人間というものを理解することになります。

しかし、最も重要なことは、自然の各部分や各層がつながり、相互に影響しあうネットワークの中に、自分たちが存在しているのだと感じることです。この世界に生まれる前も、ここに存在する間も、その後もです。

自然界の各部は完全に相互関係にあり、私たちがそれを知覚すると、永久に変わることのない鮮明な情景が与えられ、どんな疑問にも例外なく答えをもらえるようになります。現在、過去、未来に起こるすべてのことが、なぜそのように起こるのか、その理由を明確にできるようになるのです。また、私たちを発達させている法則もはっきりと理解できるようになります。それは、まるで刺繍のようで、表には美しい絵、裏にはさまざまな結び目があり、それを切ると絵が崩れてしまいます。それが私たちの姿であり、つながりを感じなければ、私たちはバラバラになり、互いに距離を置くようになってしまうのです。

この記事は、2017年12月27日に放送のカバリスト マイケル・ライトマン博士とのKabTV「最後の世代」に基づき、カバリスト マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集をしました。*

誰が『ゾハールの書』を隠しているのか?

『ゾハールの書』が人々に隠されていたとき、それは2世紀に書かれてから13世紀に明らかにされるまでですが、誰もそれを隠されているとは言いませんでした。全く知らなかったのです!

今日、世界中の誰もが自由に『ゾハールの書』を購入し、読むことができます。では、なぜ秘密とか、隠されていると言われるのでしょうか。

この書物にはすべてがあります。『ゾハールの書』は、この世界と上層の世界を、そのすべての完全性において私たちに明らかにすることができます。それは、全宇宙の125段階すべての高さの達成レベルで書かれており、私たちの道全体について教えてくれます。

唯一の問題は、この本がどのように閉ざされているかということです。本の中で何が起こっているかを見るために、集中したり正しく同調したりすることができない人自身によって閉ざされているのです。

もちろん読者自身は、他の読書のように文章の前に身を置くことができません。しかし、読者自身は、他の読書のように文章を前にして自分を見失うことはなく、文章の中に自分の世界、歴史、地理、生理学、解剖学などのイメージを見出すことができます。概念、物体、行動をこの地上での理解と結びつけています。

たくさんの配線や部品を間違ってつないでしまった電気機器を想像してみてください。それを作動させることができるでしょうか? もちろんできません。

問題は、すべてが目の前にあるのに、それを明らかにすることができないことです。自分自身も、このシステムも正しく使うことができず、自分自身の中で間違って組み合わせてしまっているということです。私たちは『ゾハールの書』に対する正しいアプローチができていません。

読む前も読んでいる間も、常に新しい焦点、理解、ビジョンに自分を合わせることを学び、それを一歩一歩、ゆっくりと進めていかなければならないのです。

同調することが義務付けられていますが、それは単に『ゾハールの書』を開いて読み始めても、混乱するだけで、その混乱を修正して最初に戻ることは非常に難しいからです。

したがって、すべての難関は『ゾハールの書』に正しく入ることにあります。

そのため、『ゾハールの書』には、私たちの知覚の道具である「魂」を研ぎ澄ますための資料(原典や記事等)が添えられているのです。

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デイリーカバラレッスン12/21/2009第3部 『ゾハールの書への序文』より。

『ゾハール』に書かれていることを理解するために

『ゾハール』は、スピリチュアル世界で起こること、創造の授与の行為について語っています。だから、私たちがそれを理解できないのは、まだそのような行為を行うことができないからなのです!

私たちは利己的な欲求の中にいて、充実感や喜びを得る方法と、その喜びを得るために行動する方法だけを知っているのです。『ゾハール』が語るすべての行為は、まるで秘密の暗号のように、理解しがたい言葉で、非現実的なもののように記述されています。つまり、カバラの言語で、「セフィロト」、「パルツフィム」、「世界」などの定義や、あるいは太陽、月、山、人間、動物がおとぎ話の中で登場するような、ある種の寓話で表現されています。

私たちは誰もそれを理解せず、感じもしません。なぜなら、私たちが(生まれ持った)授与の属性ではなく、(生まれ持った)受け取りの属性にあるためです。 

もし私たちが、地上の利己主義の資質ではなく、上層の資質、授与と愛のスピリチュアル的な資質を受け取るならば、『ゾハール』が語ることを直ちに理解し、それを読むことを通して、上層の世界を明らかにすることになるのでしょう。しかも、それは冒険小説のような幻想からではなく、現実から明らかにするでしょう。

しかし、私にはまだスピリチュアル的な資質がないので、『ゾハール』に書かれていることは非現実的なことなのです。だから、私たちが『ゾハール』を読むことは、「セグラ」として知られている、特別な技術なのです。それはどんなものなのでしょうか?

私たちは本を読んで、その世界の力、つまり本の中で語られているレベルを自分に引き寄せようとしているのです。たとえ文章が理解できなくても、それを変化させたい、感じたいと思うことで、「源に還る光」(オアー・マキーフ、周囲の光)をもって、自分を「照らす」のです。

この力は自分の中で作用し、自分の中で新たな資質を明らかにします。それが『ゾハール』に書かれている授与の資質です。結局、すべては「受け取り」の資質ではなく「授与」の資質であり、「授与」の資質によらなければ、そこに書かれていることは理解できないのです*