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エゴイズムはその限界まで到達した

この世界で人々が持っている願望のすべては、その発達の最期を迎えました。よって、これ以上発達するものは何もありません。私達の世界は完全停止状態にきたのです。私達のすべての肉体的願望(食料、性交、家族、住居にたいする願望)、および社会的願望(富、名声、名誉、権力、知識にたいする願望)は危機に落ち入っています。その理由は、それらの願望がその発達の最終段階を過ぎ去り、それらが誤った形に変質化してきているからです。

 よって、この世界でエゴイズムはもう発達することは不可能です。それはむしろ私達をつなげ、私達が完全に相互依存していることを感じさせています。たとえ国々や人々が互いから遠ざかろうと試みたとしても、これから私達はもっともっとこのつながりを感じはじめるようになります。最終的に私達は完全で完璧なつながりに到達し、そのことが“他者を自分のように愛する”という義務を負わすことになるでしょう。

 そうなった後に私達は、これがすべての問題に対する解決策であることを発見するでしょう。

クリエーターとは私達の最も内部にある達成です

クリエーターとはあなたの是正された特質です。クリエーターは被造物の内面で明かされます。そして、この理由から彼のことをヘブライ語で“Bo-re“(“来て見よ”)と呼ぶのです。

あなたは自分の是正された状態、あなたの是正された自己に到達しなくてはなりません。そしてそのあとに、あなたは自分の正された特質を見て、それを「クリエーター」と呼ぶでしょう。あなたは自分の内面、是正された知覚の器の中でしか、クリエーターを明らかにしません。あなたは自分の外側にあるどんなものも感じることはないのです。

私達は現実の全体、存在する全てのものを、自分達の内側、自分達の感覚の中で知覚します。この理由から、クリエーター、全世界、及びその中を満たしているすべてのものは人間の中に存在していると『ゾハールの書』に書かれているのです。その理由は、人間がそれらを唯一自分の内側においてでしか感じることがないためです。全てのものはただ私達の外側、自己の外部に存在しているように映っているだけなのです。この錯覚は、私達が“内面・内部”と“外面・外部”に対する知覚の差異を通じて、全世界、自分自身、そしてクリエーターを、その内側及びその側面からも見れる能力を獲得するよう、故意に与えられたのです。そうすれば、私達は彼が感じるように創造を感じることができるようになります—それが創造される前、それが創造される過程、その将来の“より高い状態”。

スピリチュアルな知覚とは、あなたが他者を愛し授与することによって自分自身に結びつける“他者”の欲求の中の気持ちの上に築かれます。このようにして、あなたの欲求は成長し、あなたが他の欲求と一体化する程度にまで、あなたはより大きくて広い現実を明らかにしていくのです。

私達の住んでいるこの世界で私達は、「Assiyaの世界」を明らかにします。そこの中では各自が自分自身の中、自分自身の利己的な欲求の中に引きこもっています。しかし、あなたがグループと一つになり始めるときに(これはクリエーターに対するあなたの欲求に似ています)、あなたは「Yetziraの世界」を、あなたがグループの人々の欲求と一体化する程度にまで明らかにします。

環境と1つになり、すべての欲求が1つの統一体になることによって、あなたは自分が達成した授与の特質を明らかにします。そしてそれが「クリエーター」と呼ばれるものです。あなたが自分の是正された欲求の中で明らかにする現象を「光(the Light)」と呼び、その欲求の最も奥の中心部にある源を「クリエーター」と呼びます。

しかし一方では、あなたの中にあるより大きな利己的な欲求が明らかになります。それはあなたの「自己」と呼ばれるものです。そして、その利己的な欲求を超えてグループと1つになろうと努力することによって、あなたは「Beriaの世界」に到達します。

このようにして私達は全部で5つの世界を明かします。バール・ハスラムは“Introduction to the Science of Kabbalah”(『カバラの科学の手引き』)の中で、全ての世界が人間の内部に存在していると書いています。カバラの科学とは、被造物の内側——人間の是正された欲求(感覚)の中——で、クリエーターを被造物に啓示することです。私達は授与の特質を明らかにすることによって、その“源泉”、その“創始者”に到達します。


内面的作業における三本の線を理解する

私達はどういうふうに二つの相反する現象が同時に存在できるのか理解できません。どういうふうに受け取って楽しみ、同時に自分に喜びを与える者に喜びを与えることが可能であるのか理解できません。これらの気持ちは反対です。それらが反対方向に向けられているのなら(一つが自分に向けられていて、もう一つが彼に向けられている)、どうやってそれらを合わせることができるのでしょうか? 二つの願望(与えたいという願望と受け取りたいという願望)から同時に喜びを感じることがどうして可能なのでしょうか?

この例は私達の世界には存在しません。なぜなら、この世界は一つの願望――利己的な願望――にしか基づいていないからです。しかし、スピリチュアルな世界には、もう一つの願望、授け与えたいという願望があり、その両方の願望が一緒に働くのです。

しかし最初、これら二つの願望は、お互いに衝突し合わないといけません。楽しむ意志は成長し、喜ばす意志と矛盾します。それらの調和は三番目の線のおかげで成立します。それはその二つの願望の単なる連結ではありません。それは構成ではないのです。正確に言うと、その二つの願望――「自分のため」と「彼のため」――が一つになるのです。唯一上層の光の啓示を通じることでしか、これを起こすことはできません。それはあなたに相反するものを理解させる能力を与え、それらを一つに繋げます。

(毎日のカバラレッスンの準備より)