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	<title>laitman.jp</title>
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	<description>カバラと人生の意味 - マイケル・ライトマンの個人的なブログ</description>
	<lastBuildDate>Mon, 23 Jan 2012 10:53:05 +0000</lastBuildDate>
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		<title>友情の年</title>
		<description><![CDATA[新聞記事（BBC Newsから）：“日本語の「Kizuna（絆）」という単語は、人と人との結びつき、またはつながりを意味し、日本の２０１１年の漢字に選ばれました。 “漢字または中国の象形文字である「絆」は、その年の世相を表す漢字として公募により最も多い票を獲得しました。 “日本にとって２０１１年は、３月に起きた地震と津波の話題で持ち切りでした。その大災害は結果として、助け合う日本人の数を過去に類をみない程にまで至らしめました。 “４月に当時の菅直人首相は『Kizuna – the Bonds of Friendship』というタイトルの手紙で世界の援助に対して感謝の意を述べました。”]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2012/01/08/the-year-of-friendship/</link>
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		<title>マヤの暦の宿命的な日付まで</title>
		<description><![CDATA[新聞記事（News Junkie Postから）：“様々な悲観的な予言や、あるいは黙示録（Apocalypse）でさえもが２０１２年に関連づけられています。 黙示録（語源はギリシャ語の「ベールを取り払うこと」または「啓示」）は、すべての終わりとしてよく誤って見なされますが、もちろんその語源そのものがこの考えを否定しています。 強烈な啓示としての黙示録は、全世界の決定的な時であり未知の領域への大飛躍です。 人類の歴史におけるこの特別な段階に世界全体がすでに入ったように思えます。 “マヤ人は２０１２年１２月２１日の宿命的な日付を「世界の終わり」と見なしませんでした。しかしそれどころか、彼らはそれを一つの世界時代からもう一つの世界時代への移行の時期であると考えました。 マヤ人の中心的メッセージは、我々の選択能力に関わることでした。それは我々が勇敢にこの新しい将来を受け入れるのか、または過去にしがみつき、起こりうる恐ろしい結果に直面するのかという選択です。 マヤ人によると、この移行が混乱と暴力的な激変で起こるのか、それとも平和と静穏で起こるのかは、このパラダイム・シフトに対する我々の抵抗または受け入れによって決まるということです。 “「マヤの暦の終わりが意識の変化をもたらすという直観が多くの人にあります。 それでも、何がそのような変化の根源であるのか、それがどのように起きて、その性質がどのようなものなのかは、はっきり述べられることも説明されることもめったにありません。」とCarl Johan Callemanが２０１０年３月に書きました。 “「最初は、コンシャス・コンバージェンス（意識の一点への集合：一体意識）のための呼びかけを広めるイニシアチブを取る人々の要求が、世界中で強まるでしょう。」とCallemanは書きました。 “意識の変化またはコンシャス・コンバージェンスとCallemanが説明するパラダイム・シフトは、どちらもすでに起こりつつあります。 歴史の列車は「駅を出ました」。そして実のところ、それは超特急列車なのです。 この世界的な人類の歴史のパラダイム・シフトは、アラブ世界で２０１１年の春に始まりました。 … しかし、アラブ革命の一連の出来事は、マヤの予言や他の水晶玉のどちらにも言及することなく、非常に予想出来るものでした。 “アラブの春以来、「占拠」運動（Occupy Movement）は注目に値する適応性と回復力を示し、今やそれはウイルスのように広まっています。それは 西ヨーロッパのギリシャ、イギリス、スペイン、イタリア、フランス、そしてドイツに広まりました。 しかし、さらに重要なことに、それは帝国主義の砦である米国でも今や侮れない力なのです。 「占拠」運動が米国で多大な牽引力を得ている主な理由は、米国勢調査局の新しいデータによるところ、アメリカ人のほぼ２人に１人が貧困に陥ったか、低い収入で苦労しているということにあります。 “「占拠」パラダイム・シフトは、超自然的な「起こるべくして起こった」勢力や奇妙な占星術的現象ではなく、公正さ、平等、そして社会的正義などの飾り気のない原理に基づく平凡な運動です。それは世界人口の９９%の人々が資源を制御して自身の事柄を管理すべきであり、世界人口の１%の人々に我々をどん底へと楽しげに連れて行くといった容認できないやり方で世界を運営させるべきではないという信念に基づく運動です。 “金融界における暴君や独裁者や寡政治の執政者や「超空の覇者」は、９９パーセントに通告されました。 彼らが抵抗するならば、ゆくゆくは「占拠」運動の津波が彼らを打倒するか、彼らの権力と豊富を完全に剥奪するでしょう。 それは時間の問題であり、結局のところ、マヤの暦の終わりまでに一年間しか残っていません。世界占拠運動（Global Occupy movement）がおそらく一番の頼みの綱です。それは９９パーセントとしてではなく人間として、固く決心して我々の方向を変え、「食うか食われるか」の文明がはびこることのない世界を奨励することです。 公正さ、正義、そして世界人権宣言の尊敬に基づく生活様式です。”]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/12/25/to-the-fateful-date-of-the-mayan-calendar/</link>
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		<title>仕事の奴隷</title>
		<description><![CDATA[２１世紀になり、世界は大いに変化しました。かつて人々はより自由でした。人々は仕事の渦の中に飲み込まれ、奴隷になったのです。これは、中流階級、ハイテク産業の従業員、政治家、経済学者、政治学者、社会学者、そして、全ての職業の人々にでさえ当てはまることです。働く人の全員は、完全に仕事に売られています。私たちは奴隷になったのです。 私たちの人生のすべては仕事を中心に回っています。現代人は、食事を取ることや、テレビの前に座りながら休むことにあまり時間を費やしません。現代人は時間のほとんどを仕事で浪費し、通勤に一、二時間、時間を無駄にします。このようにして現代人は仕事をし、丸一日を過ごすのです。 会社は自社のデイケア・センターや集団静養を手配してくれます。会社はあらゆる手を尽くし、従業員を職場にさらに強く所属させます。このようにして人は会社の奴隷になってしまうのです。その人は仕事以外に何か他のものがあることを理解することさえもしません。仕事が人生で最も重要なものになり、人生を完全に埋め尽くすのです。 私たちが知り合いに会う時に最初に尋ねることは、どこで働いているのか、何をしているのか、そして、どれぐらい稼いでいるのかといったことです。基本的に、私たちは知り合いを人としてではなく、職業人として扱います。それはあたかも私たちが自分たちの目の前に人を見ないかのようです。私たちは、その人が何に興味を持っているのか、何を見たことがあるのか、何を体験したことがあるのか、あるいは、どこに行ったことがあるのかとは尋ねません。それはまるでその人の職場が私たちにとってその人よりも重要であるかのようです。最も重要なことが勤めている場所と仕事の内容なのです。 人の主な心配とは、首にならないようにすることと、違う仕事を見つけることができるのかどうかということです。会社は従業員を職業訓練に送ります。すべては仕事だけを中心に回ります。人はこのことに少なくとも１日１０時間は費やしています。これは全く健康的なライフスタイルではありません。 私たちは私たちの基盤を破壊しています。私たちの住んでいる地球、すべての天然資源、そして、生態環境。私たちは遊びながら時がたつのを忘れた子供のようです。今や、私たちの母は私たちを止める必要があります。彼女はゲームを止めに来たのです。そして、私たちに他のことをする時が来たことを伝えています。しかし、私たちはやめることができないでいます。 From the Talk “Lessons on the New World” 12/1/2011]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/12/16/slaves-to-work/</link>
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		<title>我々の世界の目的とは何か</title>
		<description><![CDATA[我々が発達し終わった時に、我々は完全な充足と共に、限りのない受け取りの状態、そして、善と永遠と完璧さと力を限りなく明らかにする状態に達しなければなりません。これがこれから先に我々を待ち受けているいるものです。しかし、それには、クリエーターが我々に向けて示す意図と同一な意図を我々がクリエーターに向けて示すために受け取り始めるという条件があります。 我々の世界（クリエーターが隠されている状態）が創造された目的とは、我々が、これらの状況下で、与えられた環境と共に、我々を受け取り（盗み、悪意、対抗意識、ねたみ、憎しみ）から、授与と愛の感覚、そして、自分自身を超越するという感覚へと転換させる、人間間の交流スキルを発達しようと努力するためです。 人が自分自身を本当に超越するなら、人は自分の周りの世界を満たす光・この世に存在しているクリエーター・全体の光・愛と授与の総体的特質を知覚し始めます。そして、その人は自身の動物的な体から分離し、この広大で終わりのない、愛と善に満たされている状態の雰囲気（空気）の中に単に「浮かび漂う」のです。 これが次なる状態であり、我々はその状態へと上昇しなくてはなりません。これは決して我々の世界を破壊しません。我々はそこに徐々に入り、我々の世界と共にそれを感じ、感覚に於いて次の段階（度合い・程度）へと変化します。 From the Sunday Virtual Lesson Series 11/6/2011]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/12/15/what-is-the-purpose-of-our-world/</link>
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		<title>私よりも達成して！</title>
		<description><![CDATA[質問： 誰もが自分自身を超越することができるよう、どのようにして我々はこのコンベンションで互いに助け合うことができますか？ 答え： まず第一に、もし自分が自分自身を超越することについて考えているのなら、私はこうして他者を助けています。 自分の個人的な「ボートの底の穴」を「ふさぐ」ことで十分です。これが１つ。 第二には、もし自分が他者について考え、彼らのことを大事に思うのなら、私は彼らを助けています。第三に、自分の他者に対する心配は、友人たちが多くの障害に立ち向かって、多大な努力、時間、力、そしてお金を費やしたことを見て、彼らのほうが私よりもスピリチュアルな達成にふさわしいので、自分の努力が彼らのスピリチュアルな達成に貢献するときに、私はそのような状態に達したいと思う事実で表されます。 彼らが正しい意図（真の願望、我々の繋がり）から離れないことを、私は心配しています。私は自分の願望の中でとても心配しているので、彼らは「落下」しません。それだけについて考えてください。 この心配は我々の状態で実行できる最高の保護（防御）であり、それは誰一人として我々の間のこの相互保証を止めないことを確実とし、我々は常に我々自身のエゴを超越します。自分のすべての子供たちを大切に思う母親のように、自分の友人のことだけを考える気持ちを失わないよう、全員が警戒すべきです。 From Lesson 1, Arvut Convention at the Arava Desert 11/18/2011]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/11/25/achieve-more-than-me/</link>
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		<title>今日の明快な事実</title>
		<description><![CDATA[我々は、1つの明快な事実を理解しなければなりません。それは、現代の世界における我々の成功とは我々の相互関連にかかっているということです。これは、全体的な危機によって我々に示されます。危機は、我々にメッセージを送っています：「あなたは、やることすべてにおいて成功を成し遂げたいと思っていますね？ しかしながら、周りを見てみてください：あなたが今日までしたすべてのことが危機に瀕しています。これ以降は、我々がグローバルで一体的なシステムと一致しない限り、何をしても成功することができないことは、あなたにとって明白であるに違いないでしょう。」 この一致のことを、相互的な保証と呼びます！成功することと、何か良いものを生産することは、あなたが世界的なネットワークに適正に参加することにかかっており、これは相互保証なしでは不可能なことであると分かるようにならなくてはなりません。それができたなら、成功します。それができなければ、ただ時間を無駄にして、今の自分自身の状況をさらに悪化させるだけです。 成功を収めることは難しくありません。誰もが相互保証が何であるかを感じることができ、誰もが暖かくて愛情深い本当の家族を想像することができます。 それでもなお、相互保証を学ばなくてはなりません。最終的にすべての人は、カバラに対する意見を変えなければなりません。カバラはより崇高な知恵であり、自分自身が魂の是正に従事していると理解しなくてはならないのです。我々はカバラに関する恐れを払拭しなければならなく、この知恵が非常に自然的なことであると理解しなければなりません。その中で、我々は人間社会の中に存在する活性力について学びます。この力を知っておかなければ我々は単に存在できなくなります。 誰がこの事実に反論できるのでしょうか？結局のところ、この力を明かさない限り、我々は我々自身を維持することができなくなります。カバラのことを「この世のものとは思えない科学」だと思っている人は少なくありませんが、実際はカバラほど我々にとって身近なものはありません。 From the Daily Kabbalah Lesson 9/2/2011, Rabash’s article]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/09/19/the-simple-truth-of-today/</link>
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		<title>ゴール地点のエゴイズム</title>
		<description><![CDATA[質問： カバラの科学は、現在の時期について何と言っていますか？この重要な過渡期に、それはどのように私たちを助けることができますか？ 答え：私たちは特別な時期に生きています。私たちの世界は、新しくて内面的で霊的な、私たちの心の中の“人間”の成長段階への上昇の出発点に立っています。 カバラの科学が説明するように、これまで私たちはエゴイズム（利己主義）の衝動に従いながら自然に成長してきました。社会の変化、家族生活の変化、テクノロジー開発、国と構造の再構築、そして、教育と文化における変化の導入を、利己主義は私たちに強制しました。私たちは生まれながらの内面的な衝動が引っ張る方向に常に向かっていたのです。 しかし、今日私たちは一定の満足に達しました。まるで世界は喜びを私たちにもたらすのをやめているかのようです。それはもはや私たちを経済的に満足させません：私たちはある障壁が私たちの前進を阻んでいると感じます。輸出と輸入における無限の成長と、無限の技術能力と生産能力を伴う消費者社会についてのアメリカの理論は底を尽きました。さらに、私たちは下降傾向つまり衰退に移行しました。経済学者によると、それは長期に渡るだろうとし、誰もそれがいつ終わるのか知りません。 今日私たちがカバラの科学を理解するに、カバラの科学は危機が決して終わらないことを告げています。私たちは、現発展段階で、私たちの利己主義に対しひどい苦悩を引き起こしている人間を取り巻く自然の潜在能力だけでなく、私たちの利己主義そのものも認識しました。その結果、人間開発、社会的発展、教育、そして、エコロジーの分野が崩壊寸前なのです。 この状況下において、私たちは何が私たちに起こったのか考える必要があります。私たちはこのように続けることを望んでいるのでしょうか？私たちは明らかに私たちの目的と目標におけるミスを犯し、文字通り私たち自身を破滅したのです。私たちは消費を増やして、環境を破壊することを望んでいるのでしょうか？私たちは「機械の」レースで身動きがとれなくなりたいのでしょうか？ 製造された商品をほとんど使わずして、私たちは新しいものを買うために、それらを捨てます。そして、これが私たちの人生なのです。私たちは富や名誉や権力の似たようなゲームで私たち自身の存在を満たしたいのでしょうか？人生の意味とは、携帯機器やその他の消費の象徴を毎月買い換えることにあるのでしょうか？ 今日私たちが経験している過程は、私たちのペースを落とさせて、反省するよう要求しています。明らかに自然の中には、組み込まれた異なるプログラムがあり、私たちはそれを調べなければなりません。 私たちが自然の中で発見する、普遍的な知恵、全体的なバランス、ホメオスタシス（恒常性）は、まだ人間の外側に留まったままです。自然にとって人間とは、異質な要素、つまりガン腫瘍であり、その環境とそれ自身をむさぼっているのです。 私たちは人間の社会を破壊し、私たち自身と私たちの子供たちをだめにし、すべてを歪めながら、私たち自身に正しい存在の機会を残していません。私たちが「脇から」世界を見るならば、人々は盲目のようであり、自殺的な道に沿って進んでいます。彼らは、彼ら自身、子供たち、社会、そして将来を破壊するために権力獲得競争をし続けており、このことに気付いていません。 こういった理由から、私たちは危機に瀕しているのです。しかし実際には、これは危機ではなく救済です。今日私たちが構築したすべてのシステムが崩壊しているときに、私たちは真実の核心へと導く、明らかな兆しを得ます。ついに私たちは、人生に対する態度を根本的に改めること以外に選択肢がないことを、目にすることができるのです。 自滅（つまり政治家、経済学者、そして実際、人類の大部分が未だに欲しているもの）へと転がり落ち続ける代わりに、異なる方向に進むために、何が起きているのか既に分かっているすべての人々、コミュニティ、そして組織は、世界と自然に対する新しいアプローチを一緒に考え出さなければなりません。]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/09/03/egoism-at-the-finish-line/</link>
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		<title>光の形を採用する</title>
		<description><![CDATA[質問：我々は、まだ外界の痛みを十分に感じません。 どのように我々はグループ内で働くことによって、この状況を是正することができますか？ 答え： できるだけ早くこの痛みを感じる方がよいです。 それは病気のようなものであり、初期の段階でそれを見つける方がよいのです。 世界はちょうど危機に陥り始めたところですが、今日の問題が誰にでも影響を及ぼすという理由から、世界はすでにそれに恐れを抱いています。 我々はその時が来たことを目にしており、危機の原因とその解決を説明する資料を広めなければなりません。 アメリカ、ヨーロッパ、中国と日本を含む全世界は問題を抱えています。 全員が起こっていることに恐怖を感じており、誰しも明日に何が起こるのかを知りません。 何人かは、遠くから危機を見ています。例えばドイツです。 しかし、彼らこそより怖がらなくてはなりません。 より高く上がった者は、より低く落ちるのです。 もし明日にすべての証明されたメカニズムが突然に機能停止するならば、我々は何が起こるのか想像することさえできません。 どうしてそんなことが可能なのだろうか？人々は朝起きて、仕事へ行き、その他もろもろ・・・。 しかし違います。そういうわけにはいかないのです。我々は自然の統合されたシステムに位置していることをまだ理解していないのと同時に、我々自身も統合していません。我々はまるで四角いものを丸い穴にに挿入しようとしているかのようです。実際は、我々の形は、システムのそれに似ていなければなりません。この形は簡単ではありません。なぜなら、我々は幾何学について話しているのではなく、我々の性質について話しているからです。 今日、全人類は新しい形（光と一致する正しいフォーマット）を徐々に採用していかなければなりません。これは非常に大きな問題です。我々のために是正を実行する光を引きつけた場合に限り、我々はそれを解決することが可能です。これがこう言われる理由です：「私は邪悪な性向を創った、私はスパイスとしてトーラーを創った、なぜならその中の光が改心させるからだ。」 我々がこれを理解し、それを他者に回すことができることを望みましょう。 From Lesson 1, the Germany Convention 8/5/2011]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/08/09/adopting-the-form-of-the-light/</link>
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		<title>完全性、骨の髄までしみ込む</title>
		<description><![CDATA[質問：大衆が完全に確信するように、どのように我々は新しい世界の完全性（インテグラリティ）を説明することができますか？ 答え：それを経験するために、世界は多くのトラブルを経験しなければなりません。知的に全体的な相互関連性(連結性・結合性）に同意することは、難しくありません。「確かに私はこれについて何かを読んで聞きました。地震が日本で起こり、私たちは予備部品の問題を抱えています。戦争がリビアで起き、デンマークが境界を閉鎖しています。私は同意します：世界は欠けるところがなく、完全にそろっており、統合している、つまりインテグラル（完全体）です。」 しかし、我々自身を他の皆と別であると思いたいという一つの願望や考えも人類全員にあってはならないように、この完全性は骨の髄で感じられなければなりません。それは我々の中に絶えず置かれてなければなりません、そして、我々は単に頭でそれを認めるのではなく、それを考えただけで震えなくてはならないのです。 私は身体的に「内臓で」それを感じなければなりません。私は飢えに私をひどく苦しめさせます。同じ一口が皆に約束される確信がないならば、私は食べることができません。それが統合された完全な世界（インテグラル・ワールド）なのです：他が持っていないものを食べることは、毒を飲み込むようなことです。 そのようなことを想像するのは、難しいことです。我々はそれを実行していないし、単にある種の繋がり・関係性を耳にしただけです。毒に変わる個人の食事、そして、すべてが提供される状態にある全員からの祝福は、まだここから遠いのです。我々がこの経路で経験しなければならない苦しみを思い浮かべて下さい。 質問：しかし、我々は苦しみを防ぎたいのです。これは、我々が人に、その人がこの完全性を染み込まさなければならないという具体的な証拠を提供しなければならないことを意味します。さもなければ、それは痛みをともなうでしょう。我々は、このメッセージを伝えるために、その人の感情に触れなければなりません。 答え：正しいです。しかしその一方、もし我々が光に助けを求めないならば、社会的影響の方法によってでさえこの深い知識を伝達することは不可能です。あなたは、進展を速めなければなりません。さもなければ「進展の押し」が、後ろから接近し、あなたのためにそれをしてくれるでしょう。 そして、それが教育が必要とされる理由なのです。我々は広告から採取した事実について話しません。これらの事実がその人を囲み、「形作り」、「フォーマット化する」ように、人はこれらの事実を「掘り下げて調査」しなければなりません。客観的な、抽象的なプレゼンテーションは、ここでは助けになりません。我々は人間の本質に達しなければなりません。そして、あなたがこれをすることは不可能です。 人は家が焼け落ちた隣人の記事を読み、舌を鳴らします：「かわいそうに。おそらく、今や政府は彼を助けるかもしれない。」そして、その人はそれ以上動こうとしません。我々のエゴイズム（利己主義）の障壁は、光を持ってしてのみ破ることができるのです。どんな証拠も光なしでは助けになりません。ものすごい苦しみでさえ、人々を変えないのです。 苦しみで前進することは、実質的に不可能です。苦しみは、我々を是正ではなく、スピリチュアリティの必要性にしか向かわせません。光だけが、是正そのものを実行するのです。 From the 5th part of the Daily Kabbalah Lesson 7/28/2011, “The Peace”]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/07/29/integrality-penetrating-to-the-bones/</link>
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		<title>来世</title>
		<description><![CDATA[]]></description>
		<link>http://laitman.jp/2011/06/20/next-world-kabbalah-moments-june-20-2011/</link>
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