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どうすれば人生の目的を見つけることができるか?(Quora)

Quoraの記事「どうすれば人生の目的を見つけることができるか?」より

常に人生の目的に向かって成長させるようなプログラムと、自然の上層のプランを学べば、人生の目的を見つけることができます。

自然のプランを学ぶと、この人生で何ができるのか、前の人生での運命は何だったのか、自然はどのように作用するのか、なぜ私たちはこのように創られたのか、環境からの影響を受けてどのように発展していくのかを、徐々に感じるようになります。

そうすることで、自然のシステムに適合させて、コントロールする方法を理解することができるようになります。欲求と意図、そして自然の上層のプランを研究することに基づいたガイダンスを使用して、自然のコントロールルームに入り、すべてのものがどのようにして、またなぜそのように作られたのかを発見することができます。

人生の目的を問うことは、その発見への第一歩です。歴史や個人の人生の中で、私たちは、食べ物、セックス、家族、お金、名誉、支配、知識など、現在の知覚や感覚のレベルに応じた欲求を抱くようになります。

意味や目的への欲求は、より高いレベルの知覚や感覚に属しています。人生の意味や目的を問うことが、その発見の種となります。この欲求を、永遠で完全な人生の目的に向ける方法を学ぶことで、私たちは物理的な存在のレベルを超えて上昇することを学び、すべてがどのように、そしてなぜ操作されているのかを知覚できる上層の現実に生きることになります。さらに、そのレベルに達すると、自分の運命に影響を与えることができるようになります。

動画は英語でご覧いただけます。

この記事は、カバリスト、マイケル・ライトマン博士の生徒により、2015年9月20日のカバラの授業から執筆・編集されました。

愛の定義とは?(Quora)

Quoraでの記事「愛の定義とは?」より

カバラの知恵によれば、愛とは他者の欲求を満たそうとする意志です。

他者の欲求を本当に満たすためには、相手を理解する必要があります。習慣や性格、思考、知覚などの同じところを共有すると、相手の欲求を理解し始めます。すると、相手を満足させる方法、つまり愛の表現方法がわかるのです。

こうして、愛は「形態の同等性の法則 」という、現実世界の重要な法則にのっとって感じられます。人はそれぞれ異なる欲求を持っています。共通の理解を築き上げるには、つまりお互いの間の愛へと続く土台を築くには、欲求に対するそれぞれの意図を同じにする必要があります。

それぞれの欲求を超えて、お互いにとっての共通の愛に到達したいと願うならば、お互いを満足させる方法を知ることで、共通の内なるひな形を作りだします。そうすれば、お互いの欲求を自分の中でイメージし、その満たしを得たらどんな感じがするかを知ることができます。

同じ意図を共有していれば、お互いの欲求を満たすことができ、それによって愛を経験することになるのです。

この記事はカバリスト マイケル・ライトマンの生徒によって編集・執筆されました。

個人意識と集団意識、その違いは何か?(Quora)

Quoraの私の記事、「個人意識と集団意識、その違いは何か?」より

カバラの知恵によると、個人意識と集合意識の定義は、現実を知覚する際の生まれもった自然な性質を、新しい知覚方法へと変換するかどうかにかかっています。

自分にとって良いことだけを楽しみたいという、もともとの利己的な知覚方法を超えて、現実の捉え方を変えていく人は、全現実の各部をつなぐ愛と授与という単一の力として、現実を知覚します。

一方、現実の捉え方をエゴの上にあるものに変えない人は、かなり限定された利己的なフィルターを通して現実を知覚します。

このようにして、現実は欲求や欲求の変換具合、欲求の欠如の程度に応じて、私たちの中でモデル化されます。

この2つの知覚の仕方には大きな違いがあります。カバラの知恵が格別な点は、一方から他方へと知覚方法を移行するために、私たちの性質を変える必要性やその際にたどる過程を説明し、そのメソッドを描写しているところにあるのです。

この記事は2019年3月29日に放送されたKabTVの番組、カバリストであるマイケル・ライトマン博士の「カバラとの出会い」から、マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。

歴史が証明する皆が一つになる方法

Quoraの記事「歴史が証明する皆が一つになる方法」より

カバラの知恵は歴史が証明するメソッドであり、約4,000年前の古代バビロンの時代に、違いや争いの上で人々を一つにするためにはじめて用いられました。

カバラの知恵が効果を発揮するには、私たち人間はもともと壊れていて、分裂状態であるという前提があります。そして、私たちがつながるために自ら集まり始めた時、そのためのメソッドなしには積極的につながることはできないと気づきます。

積極的につながることができない理由は、私たちがもともとエゴイスト(利己主義者)であり、本能的に他者よりも自分のためになることを優先させるからです。積極的につながるためには、他者のためになることを優先させる必要があります。

第一にカバラの知恵は、他者の意見に反する方向ではなく、分離の力(利己的な性質)と学びによって引き出されるつながりの力を、いわばサンドイッチにする方法を説いたものです。これについては「愛はすべての罪をおおう」と書かれています。つまり、私たちは利己的な性質のために隔てられ、ひたすら互いを批判し、無関心から憎しみまで、さまざまなレベルで拒絶感を抱いていると知っているということ。しかし、私たちはこの生まれもっての拒絶感に目もくれていません。

その代わりとして、カバラの知恵が、エゴの上で一つになるよう全力をそそぐメソッドを差し出しています。違いはすべて残して、その上で互いが積極的につながるため、全精力を傾けます。違いを保ったまま、その上に第二のレベルを構築していくのです。

さらに、カバラの知恵は、人類はすべての人が隔たりを超えて一つになる段階に達するとしています。しかし、今のところ、そのためにこの知恵に引き寄せられている人は、必要十分な数しかいません。その人たちがこのメソッドを自分たちに現実化することで、その調和が人類全体に作用し始めます。言い換えれば、今はその一団が、人々を一つにする方法を自分たちに適用させている時なのです。それは、小さな科学者のグループが人間の生活を向上させる新技術を発見しようと、研究室でいくつもの実験を行うのと同じです。ひとたび新技術が発見されれば、それは特許化されて大々的に流布され、人類は簡単な説明でそれを使えるようになるのです。

この記事は、カバリストのマイケル・ライトマン博士とオーレン・レビ氏によるTVプログラム『New Life』の第1145回「イスラエルという人々の姿」に基づいています。カバリストのマイケル・ライトマン博士の生徒により、執筆・編集されました。

天国と地獄はどのように定義すべきか?

Quora、マイケル・ライトマン:「天国と地獄はどのように定義すべきか?」より

カバラの知恵によれば、天国は完璧な授与のスピリチュアルな世界であり、受け取りはほんの少しもありません。

もし私たちがたとえ極わずかでも、この世のものを超えて何かを望むなら、カバラの知恵を用いて、スピリチュアルな授与の世界への準備をし、他者との良好な関係を築いていけます。

そして、私たちが死ぬときーー体の死ではなく、他者を犠牲にして楽しむいう生まれつきの利己的な欲求が死ぬときーー、授け与えるという第二の性質に入ります。その性質が私たちにとって天国となります。

もし、私たちが準備をせず、授与の欲求を持たなければ、授与の関係性や他者への愛など、まるで地獄です。

そのためこの世は、適切に準備をするなら、愛と授与というスピリチュアル世界である天国に入れる土台、と考えられているのです。