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『ゾハールの書』ーー上層の力の源

解説:20世紀は、運命を変えるような出来事が多くありました。20世紀、バール・ハスラムは『ゾハールの書』を我々の世代に明らかにし、世界にカバラを学ぶことを勧め、それが遅れることは破滅的であることを警告しました。

彼はそれが『ゾハールの書』に示されていると警告しましたが、耳を傾ける者はごくわずかでした。誰もが知っている通り、その後、世界大戦が起こり、1億人の死者が出ました。

一見、初心者には『ゾハールの書』の啓示と、その一連の出来事を決定づけた世界への影響との間に関連性はないように見えます。

私の答え:『ゾハールの書』は、この世界の上層の力の源です。それは、私たちの世界から上層の世界へ渡るための橋であり、クリエーター(創造主)とコンタクトをとるための通信路なのです。そのような力を持った書物は他にはありません。カバリストたちは、どの時代でもそれについて書いています。 

私たちが世界中のカバラアカデミーや教育センター(アメリカではKabU)の枠組みで『ゾハールの書』を学び始めるとすぐに、スピリチュアル的な死の状態にあったと考えられる人たちから手紙が届くようになりました。「すごい力です!」「自分に何が起こっているんでしょうか?」「なぜですか?」等が書かれていました。

彼らは、内面の大きな変化を感じ始めたのです。何も理解せず、事前の準備もなく、基本的なカバラの知識だけで、彼らは突然、非常に重要な状態を経験していると感じ始めたのです。

『ゾハールの書』は、私たちの世界に上層の光のチャンネルを提供しています。非常に重大なエネルギーなのです。

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Kabtv 2010年2月5日「クローズ・アップ。運命と『ゾハールの書』」より。

アダムとその著書『天使ラジエルの書』

質問:科学者たちは、アダムの時代には文字はまだ発明されていなかったと考えていますが、『天使ラジエルの書が彼によって書かれたという証拠はありますか?

答え:『天使ラジエルの書はアダムによって板に書かれ、世代から世代へと受け継がれました。エジプトの象形文字は、アダムの時代ですら存在していた古代ヘブライ語のアルファベットから作成されたということが、長い年月の中で発見されています。

今でもその書は購入することができますが、その最初のページには、伝承によると、それがアダム・ハリション(最初の人間)、つまり地上で最初の人間ではなく、クリエーター(創造主)まで到達した最初の人間によって書かれたことが示されています。

備考:私が知る限り、宗教信者は世界がアダムから始まったと信じており、無神論者は何も信じていないため、カバリストのみがそのように述べています。

私のコメント:クリエーターは約2000年前から信仰されており、最近になって無神論者が現れました。すべてがどこから来ているのかを理解し、世代を通して歴史がどのように存続し、機能してきたかを確認する必要があります。

マイモニデス(ランバン)[Maimonides(Rambam)]またはラシ(Rashi)など、11世紀のヨーロッパのカバリストが書いた本を読むと、彼らが確かにそれらの本を書いたと承認する文書が見つかります。

4世紀に書かれたタルムードは、その著者らについて語り、今日私たちが読んだり話したりする、理解できる言語で書かれています。トーラーはタルムードの1500年前に出現しました。3700年前の古代バビロンで、アブラハムは『セーフェル・イェツィーラー(Sefer Yetzira、形成の書)』を書き、紀元前1600年に「偉大な解説」が書かれました。この情報は広範囲にわたって文書化および認定されており、世代から世代へと受け継がれています。

備考:しかし、世界には何も信じない人と、アダム・ハリションというのは、クリエーターによって創造された最初の人間(アダム・ハリション)そのものであると信じる人の2つのタイプが存在します。いずれのタイプも、「アダム」が最初にスピリチュアリティに到達した人物だと言っているのはカバリストだけだ、と主張しています。

私のコメント:カバラは、アダムの創造の時間を一般的に受け入れられているものとは異なる方法で計ります。アダムの創造は、クリエーターが私たちの中にいるという感覚の出現であり、私たちが存在の次のレベルを達成して初めて、私たちはアダムと呼ばれることができます。その前は、私たちは動物のレベルで存在しています。

人間は、アダムが誕生する数万年前の世界にも存在していましたし、実際アダムには、両親や親戚もいました。しかし彼は自然の隠された力を最初に感じ、それらのルーツを発見したため、「アダム」、つまりクリエーター(創造主)に類似した(ドメ、Domeh)、と呼ばれました。なぜなら、クリエーターに到達したことで、ある程度、彼(クリエーター)に類似することができたからです。

質問:私はアダムの本を読みましたが、何も理解できませんでした。アダムの『天使ラジエルの書は何を説明しているのでしょうか?

答え:本に書かれていることを理解するには、カバラの知恵を学ぶ必要があります。単純な本ではありません。彼の言語は、スピリチュアル的なルーツを持っているので変化しませんし、私たちもその言語を話しているにもかかわらず、理解するのは困難です。また、私たちの世界を動かすスピリチュアル的な力は何千年も変わっていないので、その言語と文法の法則は同じままです。

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どのように世界をコントロールできるのか?

質問:私たちはしばしば、人々の間の特定の心の状態がどのようになっているのかを観察します。変わりたい、やせたいという願望や、幸せまたは憂鬱な感情は、それらの飛沫によって伝染します。人はどのようにして、このような感覚が個人的な感覚なのか、それとも環境から押し付けられたものなのかを知覚することができますか?

答え:私たちがシステムの性質を探求すればするほど、私たちは全てが他のみんなに依存していることに気づきます。これは深く相互的な関係であり、私たちの間の幾千もの関係性から成っています。もちろん、私たちはそれを実感していませんが、そのつながりは変わらずあります。それは絶えず続くものであり、無視することはできません。

私は砂漠の島や深い森に隠れ、切り離すこともできますが、それでは自分と社会の距離が大きくなるので、私は自分自身に限りのある、みじめな人生を強いることになります。たとえば、もし私が一人でこの宇宙にいるのなら、私の全ての感覚が体から切り離された細胞や肉の小さな破片のように萎縮することに、私はすぐに気づくでしょう。

私たちがお互いにコミュニケーション手段を学ぶことは、とても重要です。なぜならそれは真の環境に関連する立場に私たちを据えるからです。第一にそれは人間社会、そしてそこにどのように結びつくべきなのかということに関連しています。

人はどのようにそのようなつながりを発見することができますか? どのようにそれらの感じ方を学べるのでしょうか? どういう形で、私たちは与え受け取るべきですか? 原則としてそれが私たちのゴールであり、この意味は、私たちが統合されたシステム、つまり幸せな人生へ到達する方法を勉強しなければならないということです。

コメント:私たちの中の何かが間違っていて、私たちがその理由を感じる時、私たちは直感的に自分自身に注意を払い始めます。

答え:私たちには生理学的、精神的ないかなる病気、または個人的、家族的な問題、もしくは共通の全世界的な問題はありません。私たちが自分自身を見つけるシステムの欠点があるだけです。それゆえ私たちには、政治、経済、金融、そして各国々や人々の生活が混ざり合ってお互いに依存していることがわかります。

もし私が誰かを統治しようとするなら、私は間違いなく真逆の反応を得ることになります。かつて、ヨーロッパはアフリカやアジアを治めたいと思っていましたが、今や移民に翻弄されています。

質問:だとすると、もし私が何か間違っているのなら、私は自分自身のなかにその原因を探すべきなのでしょうか?

答え:興味深いことは、“私”はこの理由にはならないということです。私は私が誰であるのかによって、もしくは全システムがそうであるからといって自分自身を責めません。しかしながら、私はそのシステムが変化することに力を与えることができ、それは私に変化をもたらします。実際、インテグラル・エデュケーション(統合的教育)の手法は人々に世界がどのように働きそれを管理しているかについて理解を与えます。

質問:自分の状態はシステムの一般的な状態によって起こされていると気づくということですか。このような理解に対しどうしたらいいのでしょうか?

答え:あなたのように人生の質を向上させたいと思っている人々から成るグループに、あなたは加わります。例えば、私たち10人がいます。そして私たちは様々なエクササイズやゲームを通してお互いにコミュニケーションを始めます。

もし私たちが適切につながるのなら、私たちは自分たちのエゴや個人的目的、習慣を超えてつながりを感じ始めます。共通の使命で結ばれた人々のグループや、個人的利益が共同体の利益よりも下にある家族で、時々この感情が起こります。

私たちがつながって一つになるその瞬間、その“一つ”は統合された感覚を生み出します。このような感覚を通して、私たちはこの世界に含まれる一体化した力を、まるで衛生配列が宇宙からの信号を吸収するように掴み始めます。

質問:そのような情報は人生においてどのように私を助けますか?

答え:社会は閉ざされたシステムです。もし私たちが話題にしている10人のグループのように、小さな各部分のバランスがとれるのなら、それは確実に人間社会をより健全にします。人々は徐々にこのアプローチでそれに気づくようになり、すべての人類の欠点を正すことが可能なのです。

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From KabTV’s “A New Life” 11/12/13

全てはグループから始まる

 私たちの作業は正確な配列に沿って組み立てる必要があります。

1.私がグループ(10人のグループ)に含まれる前に、全体、つまり一般の人々に取り掛かることはできません。

2.その中に含まれて初めて私は「取り囲んでいる光(オアー・マキフ(OM))」を受け取るのです。

3.そのあとに、私は全体、つまり人々に影響を及ぼします。それを “エデュケーション(教育)” と呼びます。

4.私たちは彼らと一つになります。

5.私は彼らの全体をグループに連れてきます。それを “世界の諸国” を “イスラエル” に連れてくると呼び、全員がクリエーターの発見を受けるに値します。

私はグループから全体へと移り(←)、全体からグループに戻り(→)、私たちは「取り囲んでいる光」を用いて「内なる光(オアー・プニミ(OP))」を受け取ります。なぜならその時、私たちがクリ(器)を、つまり受け取りたいという欲求を意図と一緒に持つためです。

私は単にその真ん中で見つかり、その行為を実行します。私は、グループの中で「ガルガルタ・ヴェ・エイナイム(GE)」と「アハップ(AHP)」である一般の人々と共に働き、自由選択(choice)が存在する「ティフェレット(Tiferet)」の真ん中の「上層の3分の1」に残されます。

従って、もし私がグループの中に含まれていないなら、始める場所はありません。私の歩みの一歩一歩は、この含まれている状態から始めなければならなく、これが最も重要な行為であり、すべての行為の根幹です。もし含まれている状態があるなら、行為の継続は可能です。もし含まれている状態がないなら、継続することは不可能です。なぜなら私はこの後に、自分自身の力ではなく、むしろ服従の結果、グループから受け取る、お互いの含まれた状態の力を通じて行動するからです。私の個人的な力はエゴイスティック(利己的)であり、自分のエゴの無化を通じることでしか、友だちの間で含まれることを通じることでしか(1)彼らから授与の力を受け取ることはできません。私はその友だちの助けを受け、一般の人々に取り掛かるのです(2)。

そしてその後に、私が“10人のグループ”と共にこれを行った方法に従って、またそれと共に働きます。社会(society)の内部に含まれることは、私が良いものすべてを与えたいと思う自分の赤ちゃんに含まれることに似ています。見下すような態度はしません。むしろ私は一般の人々の前にし、愛情をもって頭を下げるのです。

From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 8/20/13, Talk About the Groups of Ten

正しい意図による小さな善行為

質問:私達はどのようにしてクリエーターに満足をもたらすことができますか?

答え:クリエーターに満足をもたらす、とは「彼」を発見することを意味します。これが「彼」に満足をもたらし、また人類全てにも満足をもたらします。クリエーター(創造主)と被造物の満足とは器を満たす光のことです。それは受取りたいという願望が満たされることから来る喜びであり、また、授与の姿勢から来る喜びです。つまり第一段階は物質のレベルであり、第二段階はスピリチュアルなレベルです。これがクリエーターの目標 ―諸々の器を充分に満たすこと― であり、それが創造主と被造物双方に満足をもたらします。そしてその中で、双方はお互いに固着します。

正しい意図があれば、行動は少なくてもよいのです。それは量の問題ではありません。もしあなたがもっと心の準備に時間を掛ける必要があるなら、それは価値あることです。それにより人々はつなげられます。つまり、もしあなたが接触する一定の人々に話をし、影響を与え、スピリチュアルな感覚を運ぶ「内なる光」を伴って正しく事が為されるなら、それは後になって、私達から話を聞いた彼らから、更に彼ら自身が接触する他の人々に広がっていきます。そのようにして、その影響の広がりは全ての人に及びます。人々は自分で自覚することなく、そのように行います。

しかし、もしそれがただの物質的・外面的行為に過ぎないとき、人々は刺激され、声を上げて泣いたり、叫んだりすることが起こるかもしれませんが、それはポップスター(人気歌手)のパフォーマンスに熱狂するファンの群れと同じようなものです。また人々は、例えばトロツキーのような才能ある雄弁家の(共産主義による世界革命のような)スケールの大きい立派な言葉に影響されがちです。しかしこれはいかなる肯定的な結果にも導かず、むしろ破壊へと導くものです。それで、全ての行為の前には心の準備が最も大切なのです。その準備とはクリエーターに満足をもたらす意図のことです。

これが終日、私が考えるべき唯一のことです。どのようにして私の意図を自分の仕事に加えようかと考えることです。なぜならこれが成功の秘訣だからです。

From the Preparation to the Daily Kabbalah Lesson 8/26/13

民衆の悲しみを感じる人は全て慰めに値する

カバラの知恵の実践面における実現は、私達の世代から始まります。その実現とは、この世でクリエーターが創造物に対して明かされることです。今や私達は全人類と一緒に、是正の完成のため、一つのクリ(器)すなわち一つの欲求を発見しつつあります。これは目下の世界的危機と、イスラエルや世界全体での私達の普及活動のおかげです。たとえもし私達が人々から最も小さな欠乏を受け取るとしても、彼らの欠乏と私達の欠乏の間のつながりのおかげで、私達は一緒になって、これら全てをスピリチュアルな世界へ持ち上げることができます。

人々は物質的なものを欲しがります。単純なことです。しかし彼らの欲求は「是正する光」の助けなしでは是正することが不可能なように造られています。これが現在の危機の形態です。どの欠乏も、その種類に関わらず、砕かれており、利己的であり、この世界の次元には解決法がないことが明らかにされています。

その是正のためには「光」を必要とします。そしてその光は、皆の間の相互包含から引き出されるものであるため、人々の間の様々な方向での正しいつながりが要求されます。さらにそれは自然の鉱物、植物、動物との関係も含んでいます。この全てが一緒につなげられなければなりません。そしてお互いにつながりを完成させねばなりません。それができた時のみ是正が起こります。

それゆえ、今の危機が人間の努力を通じて是正され得ないことは明らかです。むしろ、私達が人々の欠乏を受け入れて、これらを持ち上げるときに、私達は聖なる仕事をしています。つまりそれはクリエーターと創造物の導管役としての奉仕であり、「司祭の王国と聖なる国家」と呼ばれるものになることです。この形において私達は歴史上初めて完全に集合的なクリ(器)を構築する機会を持ちます。それは一つの針の穴であり、また光を入れるためのクリであり、AHPから欠乏を受け取ることを通して、GEの授与する欲求にそれらをつなげ、祈り(MAN)と組み合わせることで、それらをエイン・ソフの光(オール・エイン・ソフ)まで上昇させます。

次のように言われています。「民衆と共に悲しむ人は全て民衆の慰めを受けるに値する。」それはつまり、誰でも民衆の悲しみとニーズを受け取り、それらを持ち上げる人は、真っ先に「是正する光」を受けるに値するということです。そしてその光は彼を通して、彼が気遣う人々に届けられます。

From the Preparation for the Daily Kabbalah Lesson 8/14/13

カバラ、マルクス、そして大きな嘘について

 今日、私たちの発達の時代の間じゅうずっと伴ってきた傾向が終わりに近づいています。エゴは私たちを木から降ろし人類の進化を始めることを余儀なくさせました。私たちは生活における多くの様相と形態を経てきました:奴隷制度、偽りの自由、中世期、そして資本主義。私たちは利益を得るために、成功するために、そして、進歩するために常に働いてきました。しかしながら今日、私たちのエゴとの「パートナーシップ」はもうすぐ終わります。

この事にはいくつかの理由があります。その1つは、エゴそれ自体がもう満足しなくなったということです。私たちはあらゆる良いことを受け取りますが、それは私たちを満足させません。裕福な人々でさえ、まるで彼らが何もない状態で取り残されたようだとますます感じています。その理由は、その満たすものに対する欠乏がない状態でそれに満たされることが、何の喜びももたらさないためです。

全体的にエリートは世界を自分たちの所有物として扱い、自分たちのために「全世界」を作り上げます。彼らはメディアを通じて、朝から晩まで働くべきだ、流行を追うべきだ、製品やサービスを購入すべきだ、そしてまた働くべきだと私たちを納得させて混乱させています。混乱状態、戦争、そして「アラブの春」のような暴動は絶えず生じています。どうしてでしょうか? それは彼らが注目されずに静かに世界を支配して自分たちのために何十億という利益を得るためです。これこそが、ごく一握りの人々によって支配されている政府や他局の終わることのない仕事なのです。

しかしながら、彼らは自分たちが支配力を失いつつあると既に感じ始めています。エゴイスティックな進化の法則に従い、現在の世界形態はもうすぐ終わりを迎え、世界危機に直面します。大量消費社会を無期限に維持し継続させることに関心のあるエリートを含め、このことを望んだ人は誰もいません。しかし、これはうまくいかないのです。

今や私たちは何処に向かうのか決心しなくてはなりません。だから一方ではマルクスの著書が再びひもとかれていて、他方ではカバラの智慧が明かされているのです。

今日、受け取りたいという願望や欲求の異なる使い方についての話があります。次なる段階は、人々が週に約1時間ぐらい働く、1つに結ばれた社会を築くことです。なぜなら私たちが現在生産している全てのものは、私たちに必要ないからです。今日においてユニティー(統一・団結・和合)とは、人間社会にとって最も重要なモデルです。それなしでは、私たちは日々の糧さえも受け取ることができないでしょう。もし私たち同士がつながらないなら、基本的生活必需品の提供はありません。しかし、つながることこそが私たちのしなくてはならないことにもかかわらず、人類はつながり方を知りません。このため、一見したところ不可能な課題に直面する時、人類は滅亡に向かい、逃げ場がなくなります。

正確にこの時、カバラの智慧をその隠し場所から外に持ち出し、マルクスの『資本論(Das Kapital)』を背景にそれを「振る」のです。人々が私たちを聞き入れることを望みながら。

質問:どんな証拠を持っていけますか?

答え:これを証明する方法は二つあります:

  • 「賢者とは未来が見える人である」と書かれているように、理にかなった証拠があります。私たちのアプローチは実例に基づく実際どおりかつ効率的なもので、より大きな困難を待つ必要がないと人々を納得させることができます。
  • あるいは、その代わりに証拠が災いの形として現れることになりえます。

私たちは人々に不慮の災害が訪れる前にカバラの智慧を広めようと努力しなくてはなりませんが、それは容易ではありません。私たちはメディアを支配していません。エリートは人々を混乱させて大きな嘘を助長することを目的とする大勢のエコノミストと金融専門家と他分野の専門家を作り上げました。これはすべてピラミッドの頂点にいる人々が支配できるようにするためです。では何を支配するのでしょうか? 今日では彼らでさえ正確に分かっていません。その答えは全く彼らの支配下にないのです・・・。

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From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 2/15/13, “The Peace”

変化の公式

質問:私は仕事の中で、最近何人かの大学教授に接触し、他の事柄とともにカバラについて話しました。彼らは原理は理解していると言わなければなりません。しかし(カバラを)信じません。

答え:その通りです。彼らは(次のような)合理的アプローチをします。

「我々は今まで様々な科学により世界を相当研究してきたので、世界の全体像は明らかである。しかし今ここに(狂っているようにも見えない)男がやってきて、どこから持ってきたのか我々には分からない概念について話し始めている。彼が言うには、これが全ての科学の基礎であり、全ての物事は光(Lights)と器(vessels)に結びつけられるという。」

「我々はこれについて何も知らない。また彼が語るものについていかなる証拠も見ない。彼の説明は大変論理的でもっともに聞こえるが、彼はその知恵を仮想の仮定の上に築いている。「それがそうであると仮定して」と彼は言い、この仮定を根拠に、全体的で完全な哲学を築いているのだ。」

「しかし、もし我々の基準でそれを科学と呼べないのなら、何故それを一つの科学として受け入れねばならないのか? 科学とは(対象について)研究・思考されうるものである。(ところが)彼が言うには、彼の科学とは、それに従って生き、内的に変化することのみを要求するという。我々は今までそのようなものについて聞いたことがない。「人間の性質を変化させる」とは何を意味するのか? 我々は文化を持ち、教育を持ち、人々に親切に共感的になるように教えている。他に何ができようか? これが科学に何の関係があるというのか?」

科学者は認識・知覚の相対性を認知することができません。彼らは、ある人物の(内的)変化が彼の現実(リアリティ)を変えるということを理解しません。なぜなら(その人にとって)現実とは全て彼の内的な反応によって創造されるからです。

カバラの知恵はこの精密な相互連結を説明します。私が自分自身を変える程度に応じて、私が感じる世界が変化します。これ(下図)が鍵となる公式です。ひとつの固定された係数とひとつの変化するパラメータがあります。このパラメータは器、私の願望、私の感受性、私の意図、私の考えなどを反映します。これらが変化すると、そのとき世界が変化します。

Xは「私」です。Kは固定係数であり、Yが世界です。私はこれを聞きたいという人には話します。しかし科学者はこの準備ができていません。彼らには彼らをこの世界から引き出す新しい願望が欠けています。もし彼らがそこまで発達していなければ、彼らは聞こうとしないでしょう。(カバラを学ぶには)人はこの現実世界の現象に敏感であるだけでなく、霊的世界の現象にも敏感である必要があります。

質問:それは何を意味するのでしょうか? そのような知的な人々、学者達は私達を理解できないのですか?

答え:彼らは実際、最も「抵抗する」人々です。なぜなら彼らは既に確固たる基礎を持っていると確信しているからです、

質問:それでは私達は誰を振り向かせることができますか?

答え:あるカバラの寓話があります。プタヒヤという名の男が町にやってきて、全ての「虚しい」人々を砂漠に連れて行きました。結局、もし人生の味について新しい疑問が起きたならば、その人は自分が惨めで虚しいと感じます。

しかし、もしその人がそのように感じなければ、つまり彼がそれに合う器、願望を持っていなければ、それは彼がまだ特定の知覚レベルには達していないということを意味します。

私達はもちろん普及活動を止めません。しかし心の点(point in the heart)を持つ人だけが、カバラの知恵のメッセージを聞くことができます。(そうでない場合)代わりとなるものは、自分が鞭打たれた動物であると感じることです。彼を打つ終わりのない暴風から逃げ場のない動物です。その後で、まさにその困難を取り除くために、私達の後を追う準備ができるようになります。

From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 1/2/13, “Body and Soul”

世界の全ての恐怖を吸収する

現在の世界状況は、我々が感じて、見て、そして知っているよりもずっと悪いです。確かに我々がそれについて話さないのは、政治家たちや経済学者らがパニックを引き起こしたくないからです。彼らには危機についての問題の解決策がありません。彼らには解決策がなく、どうあがいても仕方がありません。なぜ無駄に慌てるべきなのでしょうか?  彼らは正しいです。

しかし我々は、飢え、干ばつ、寒さ、ショック、そして現在あらゆる面から近づきつつある予期せぬ出来事に対する恐怖に陥っている人々に提供する必要があります。我々は世界における全ての動物的な恐怖、つまり生き延びることの恐怖を吸収しようと努力すべきです。それらはあの力、すなわち包む光(オアー・マキフ)を引き寄せて明かすことの手助けになります。包む光は我々を通り抜け、世界へと行き渡り、あらゆることが沈静化するでしょう。全ての国々、社会、そして人々は交流し始めるでしょう。なぜなら彼らはこれが世界を均衡にもたらす唯一の方法であると理解するからです。つまり、自然における無生物でも植物でも動物でもなく、唯一人間だけが調和を乱していて、人間の利己的な行為が他のすべての妨げになっているということです。

我々には不安が欠けています。内面的ヒステリーに欠けています。それがあれば、より簡単でしょう。

我々の問題は、我々がこの世から切り離されていて、より高い場所のどこかで静かな片隅を見つけようとしていることです。これはよくありません。そうではなく我々は、一方でゴールの重要性、他方で内面的な恐怖といった精神状態を見つけるべきです。なぜならこれらだけが、我々のエゴイズムをかきたてるからです。恐怖とゴールの重要性は、我々を後ろから押し(恐怖)、 前へ引き寄せる(ゴールの重要性)二つの大きな力です。それらは我々が1つになることを助けます。

我々は危機に関連して発生する世界の否定的な感情のすべてを世界から吸収し、それを我々の発達の力に変えようと試みるために、我々自身にプレッシャーをかけるべきです。実際、発達は「否定の否定」という法則に従って生じます。我々がいくらか通常に感じるまでは、次の状態には達しないでしょう。苦しみ、または、ゴールの重要性だけが、それが自分に無くて苦しむ時、我々を前方に進ませます。

苦しみには二種類あります:感情の欠如による苦しみと満たされていない愛からくる苦しみです。

From the Preliminary Lesson 8/16/12, Kharkov Convention “Uniting to Ascend”

世界の教師

質問:コンベンションの休み時間の間、書籍やインターネット等のプレゼンテーションが行われる予定です。これはコンベンションの内的流れから気を散らせないでしょうか?

答え:事実は、私達が世界へ公表しつつある事について、常に考え続けなければならないということです。ある人がコンベンションを去り、帰宅し、次は何をするのでしょうか?

私達の上昇は、幅広い方法による普及活動に依存しているため、全ての人に、私達がしていることが一般的に何であるのかについて、いくらかの知識を与える必要があります。それはインターネット、書籍、講義、ワークショップ、ラウンドテーブル等です。私達はこの全てを皆に示さなければなりません。そのような理由で、休み時間の間、短い15分のプレゼンテーションがあるべきなのです。

何を持って私達はコンベンションを去るのでしょうか? 私達は、世界の中に更に持ち込む必要のある物を持って去ります。私達それぞれが講師となったり、ワークショップのオーガナイザーになったり、情報の配送人などになるよう試みるべきです。私は、あなた達ひとりひとり全てに対して話しています! これから世界はインテグラル(統合・全体的)な手法を必要とするでしょう。今でもそれは必要とされていますが、まだその必要性に気づいていません。そして数ヶ月もすると、あなた達は彼らがあなた達の後を追って走ってくるのを見るでしょう。あなた達は必要とされるでしょう。なぜならあなた達を除いて誰も、どんな場合でも正しい結果を得るためには何がなされるべきであるか、感じ取れる人はいないからです。あなた達にそれができる理由は、インテグラル(統合・全体的)に考えるからです。

あなた達は世界の教師になるでしょう。首相達や銀行家達、そして普通の労働者達のアドバイザーになるでしょう。なぜなら、あなた達は、何故(社会の)この出来事が起こり、他の場合には起こらないのか、見ることができるようになるからです。これは「祝福を取りに来なさい」と呼ばれます。あなた達は要求され、必要とされるでしょう。それゆえ、あなた達は依然として、普及活動に取り組まなくてはなりません。

From a Virtual Lesson 7/29/12