'コングレス'

私よりも達成して!

質問: 誰もが自分自身を超越することができるよう、どのようにして我々はこのコンベンションで互いに助け合うことができますか?

答え: まず第一に、もし自分が自分自身を超越することについて考えているのなら、私はこうして他者を助けています。 自分の個人的な「ボートの底の穴」を「ふさぐ」ことで十分です。これが1つ。

第二には、もし自分が他者について考え、彼らのことを大事に思うのなら、私は彼らを助けています。第三に、自分の他者に対する心配は、友人たちが多くの障害に立ち向かって、多大な努力、時間、力、そしてお金を費やしたことを見て、彼らのほうが私よりもスピリチュアルな達成にふさわしいので、自分の努力が彼らのスピリチュアルな達成に貢献するときに、私はそのような状態に達したいと思う事実で表されます。

彼らが正しい意図(真の願望、我々の繋がり)から離れないことを、私は心配しています。私は自分の願望の中でとても心配しているので、彼らは「落下」しません。それだけについて考えてください。

この心配は我々の状態で実行できる最高の保護(防御)であり、それは誰一人として我々の間のこの相互保証を止めないことを確実とし、我々は常に我々自身のエゴを超越します。自分のすべての子供たちを大切に思う母親のように、自分の友人のことだけを考える気持ちを失わないよう、全員が警戒すべきです。

From Lesson 1, Arvut Convention at the Arava Desert 11/18/2011

光の形を採用する

質問:我々は、まだ外界の痛みを十分に感じません。 どのように我々はグループ内で働くことによって、この状況を是正することができますか?

答え: できるだけ早くこの痛みを感じる方がよいです。 それは病気のようなものであり、初期の段階でそれを見つける方がよいのです。 世界はちょうど危機に陥り始めたところですが、今日の問題が誰にでも影響を及ぼすという理由から、世界はすでにそれに恐れを抱いています。 我々はその時が来たことを目にしており、危機の原因とその解決を説明する資料を広めなければなりません。

アメリカ、ヨーロッパ、中国と日本を含む全世界は問題を抱えています。 全員が起こっていることに恐怖を感じており、誰しも明日に何が起こるのかを知りません。 何人かは、遠くから危機を見ています。例えばドイツです。 しかし、彼らこそより怖がらなくてはなりません。 より高く上がった者は、より低く落ちるのです。 もし明日にすべての証明されたメカニズムが突然に機能停止するならば、我々は何が起こるのか想像することさえできません。

どうしてそんなことが可能なのだろうか?人々は朝起きて、仕事へ行き、その他もろもろ・・・。

しかし違います。そういうわけにはいかないのです。我々は自然の統合されたシステムに位置していることをまだ理解していないのと同時に、我々自身も統合していません。我々はまるで四角いものを丸い穴にに挿入しようとしているかのようです。実際は、我々の形は、システムのそれに似ていなければなりません。この形は簡単ではありません。なぜなら、我々は幾何学について話しているのではなく、我々の性質について話しているからです。

今日、全人類は新しい形(光と一致する正しいフォーマット)を徐々に採用していかなければなりません。これは非常に大きな問題です。我々のために是正を実行する光を引きつけた場合に限り、我々はそれを解決することが可能です。これがこう言われる理由です:「私は邪悪な性向を創った、私はスパイスとしてトーラーを創った、なぜならその中の光が改心させるからだ。」

我々がこれを理解し、それを他者に回すことができることを望みましょう。

From Lesson 1, the Germany Convention 8/5/2011

猛犬に注意!

質問:私は他者に憎しみを感じながら、まるで自分より強い「動物」が自分の内側に隠れているように感じます。どうやってそれを支配する力を得ることができますか?

答え:エゴを支配する力の獲得は、一つの条件下においてのみ可能です:自分たちをコントロールするその「動物」のせいで失うものが、どれほど多いのか分かったとしたらという条件です。私達は自分たちのエゴによって支配されており、それは良くて優しい世界における永遠で完ぺきな人生を、私達に達成させません。

もし私が自分のエゴが自分からどれほど盗み、そして、自分からどれほど取り、自分に何も与えないことが分かったとしたなら、私はそれを憎むでしょう。しかし私はそれを嫌ってもいないし、愛してさえいるのです。私は自分をそれと同一視します。なぜなら実際に自分の全人生はそれを満たすことであるからです。どのようにして私は自分のエゴを自分の死であると感じることができるのでしょうか。

私にできる最も重要なことは、スピリチュアリティに対する重要性、つまり与えることと他者との一体化の重要性を高めてもらうために、グループ・環境に入ることです。なぜなら特にこのおかげで人間レベルの人生を明らかにするからです。もし私が環境から印象付けられ、環境が自分に影響を及ぼすことができるのなら、私は自分のエゴに打ち勝つために十分な力を獲得します。

私達の作業と努力のすべては、悪(私達の利己的な願望)の認識に達するために欠かせません。現在それは自分にとって有益に見えます:望めば望むほど、より多く稼げ、ますます権力を獲得し、もっと盗める。もっと、もっと、もっと・・・。私達の社会の中で大きなエゴを持っている者たちは、より成功しているように見えるのです。

この世の中で良い人生を手に入れることは、スピリチュアルな美しい人生を自身から奪い、ここ、この世界の中で良い人生を描いて私に嘘をつくのだと、自分自身に言い聞かせないといけません。これは、私を本当の意味で洗脳し、私に影響を及ぼし、私を説得することのできる環境の中でのみ可能なことです。環境の考えが私に強い影響を与えるため、私は自分のエゴイズムの力を超越したくなります。

その後、今まで感じたことのなかった異なるレベルで人生を経験し始めるでしょう。それは一瞬にして起きます。つまり移り変わりがないという意味です。私が絶えず自分自身をできる限り満たしたかったとき、私は自分の中ではなく自分の外側に人生が存在しているとすぐに感じます。それどころか、私は何も吸収することのできないこの“動物”から脱出するときに人生を感じるのです。

この第一歩を踏み出すことにより私は上層の世界をすぐに明らかにします。“上層の世界”とはいったい何でしょうか。現在私が生きている現実を“この世”と呼びます。私が自分自身の外側で感じる現実、私の友達とのつながりの中で感じる現実、人間同士とのつながりの中で感じる現実を“上層の世界”と呼ぶのです。なぜなら、それは動物レベルよりも高尚な人間レベルであるからです。

From Lesson 1, Convention in Spain, 6/3/2011

天秤のはかりを「結束」の方に傾ける

質問:カバラの勉強において、いつ何時でも、自分が正常に前進しているのかどうか、そしてその道から逸脱しなかったかどうかをどのようにして分かることが出来るのでしょうか?

答え:私はまるでつりあいの取れた天秤の上に乗っているかのように一瞬一瞬エゴイズムか心の中の核心(心の点)かを選ばなくてはなりません。そして毎回天秤のはかりを「心の核心(心の点)」と結束の方に傾かせなくてはなりません。結束するという行動以外には何もないのです。

我々は勉強、そして様々な行動をしたいと思います。我々はそうすることによって無意識のうちに結束から逃げてしまうのです。私自身もこれを経験しました。私にこれが聞こえ始めるようになるまで、かなりの時間がかかりました。

私は勉強することや資料を整理したり系統化することがとても好きでした。結束に向けて取り組む以外、想像できることは全てやりました。結束が私たちの責務であることを認識しはじめることと、この知覚を掘り下げて考えることに慣れることが早ければ早いほど、早くこの習慣は第の天性になります。

我々は友達の内面世界―結束とクリエーターを目指す強い願望―を感じることを求めるようになるために常に自分自身を訓練する必要があります。私の目標が彼らの内面であるなら、彼らの外見に気付くことがなくなります。

結局のところ、我々は自身の愛する家族の顔を重要視しません。我々は家族の魂と性格と情緒を感じるのです。同様に、私と同じ目標を目指している友人の願望を常に感じるようにしようとする必要があります。私はこの願望とつながりたいのです。

友達の外見や性格のあり方は関係ありません。気にすることはたった一つだけです:友達の強い願望が何であるのかということ。これは男性にとって最も難しいことで、正確にこの部分に男性の作業の本質があるのです。女性はより簡単にそういう知覚に切り替えることができます。なぜなら女性は外面的な様子を男性ほど重要視しないからです。

From Lesson 2, WE! Convention 4/2/2011

それをして下さいとクリエーターに頼みなさい

私達は、私達がクリエーターにそれをしてくださいと求める以外に、何もしてはならないということを忘れます! それどころか、私達は、どうやってが自分のハートを強制して開くべきか、どうやってが他者と繋がることが出来るのか、または、どうやって他者が自分に繋がることが出来るのか、と考えます。しかしながら、私達はこれについてまったく考えるべきではないのです!私達は繋がりを私達の利己的な頭(知性)の中で想像します。けれども、私達の考えていることとそれは、全く似ていないのです。

これは上層の世界の段階です―私達は新しい現実を明らかにしているのです!私達は、求めることだけ、それだけをしなくてはならないのです!私達は、すべてが要求・依頼の理由で起こることを学びます。私達は祈り―マン(MAN)―を上げ、その反応として包む光―マッド(MAD)―がやって来てすべてを是正するのです。そして一方、私達はその是正の間にただ居るだけでよいのです。すべては上層からやってきます。私達に関しては、要求、嘆願、そして強い願望が必要なのです。

この点に問題があります:私達はクリエーターに頼るのか、それとも、すべてを独立して(自主的に)行うのか?これが、私達が過ちをおかし、何年も行き詰まり、呼びかけ、要求、依頼以外にはなにもないということを理解するために方向を、少しさえも変えることが出来なくなる点なのです!

この依頼を達成するために私達は努力しなくてはなりませんが、それはこれだけを遂行するためです。もし私達が独立して愛と友情に基づく正しい社会システムを構築しようと試みようとしても、これは、私達がゴールから遠ざかっていること、つまり私達が本心を表していなく、お互いを嫌っていて、ユニティーに全然近づかないということ、を理解させる長い道のりになるでしょう。

カバラは私達をとても正確な分析にもたらさなくてはなりません:もう一人の人と繋がろうとするな、これはあなたには出来ません、あなたも彼もエゴイストです。上層の光のみが、それを出来るのです。上層の光はやって来て私達を一緒に結合しなくてはなりません。上層の光だけです!

したがって、お互いの繋がりを探さないでください。なぜなら「夫と妻と彼らの間のシェヒナ」と記されているからです。その意味は、私が居て、私の友が居て、私達の間にクリエーターがいるということです。「上層の中で和解する彼は、我々の中で和解する」(Oseh Dhalom BeMromav, Hu Yaseh Shalom Aleinu)。

私達を一緒に繋げる力を持たないで、私達がお互いに向き合うときは、いつでも偽の呼びかけです。私達がハグするとき、私達はハグしたくありません。あるいは、この世界のレベルでそれをするのです。私達は本当にお互いから、愛、ユニティー、または友情を要求してますか?それはこの世界の段階においてだけです。私達の誰が、もう1人の人の保証人、またはその彼自身のでさえに、成れることが出来るのでしょうか?そのための力は私達のどこにあるのでしょうか?私達は、私達の間の空間のすべてを満たす上層の者を通じてでしか、お互いのことを切望することが出来ないのです。

もし私達が彼に空虚を満たし、私達をつなげ、そしていつも私達の間に居て下さいと要求するなら、それは簡単に起こるでしょう。カバラの科学は、私達をこの正しい姿勢・心構え・態度に至らすことを意図されて作られています。一方、私達は自分らの利己的な性質の内側に居るため、そのことから常に逃げてしまいますが。

「彼以外にはなにもない」ということを忘れずにいましょう!クリエーターが行為を実行するのです。しかし、それが起きるためには、私達が彼の行為よりも先に願望を持たないといけないのです。これを「契約を行う」と呼びます。私達がクリエーターとの契約を締結するのです:私達が要求し、そして、彼がそれ実行します。

小さな子供が歩いて大人を彼らの後ろに引くのと同様に、私達は、上層の力が創造した性質を是正するよう、上層の力を引いているのです。そうすれば、私達はクリエーターと同等に成れます。私達は相互保証を達成することも、それを本当に願うことでさえもできません。私達がユニティーについて話し始めるや否や、私達はその条件を覚えておかなくてはいけません:「イスラエル、光、そしてクリエーターはひとつである。」私自身、私の隣人、そして私達の間のクリエーター。私達三人が一緒になってでしか、真の和解と完成は達成できません。

まさに、グループに於ける1つになりたいという強い願望がすぐに、私達がすべての助けをクリエーターに頼まなくてはならないという理解を、私達にもたらすでしょう!

From Lesson 8 , World Kabbalah Convention 2010,  11/11/10

人生はいつもがピクニックという訳ではない

受け取った質問:ワールド・ゾハール・コンベンション(世界ゾハール集会)が終了したばかりです。私達は集会で千人を超える様々な人種と国籍の人を目にし、その多くが歴史上のステレオタイプを保持していました。意外な事でしたが、たったの20~30時間でこれらの違いは消え、繋がりと愛が現れました。この状態を継続する為に、何が私達には欠けているのでしょうか?

私の答え:集会にて人々は、一体化、インスピレーション、目標の重要性を感じました。しかし、集まりから20時間が過ぎた今、そこでのことがほとんど思い出せません。全ては私達の感覚と記憶から消え去ります。なぜ私達はこのように継続し、この状態のままで居られないのでしょうか?

人生に於ける他の全てのものと同じように、この状態も長く続きません。人のインスピレーションと熱狂はピークに達し、そのあとに鎮静化します。絶えず奮い立った状態で居続けることは不可能です。これは光と願望の反比例する関係によるものです:ある時は光が、またある時は願望が大きくなるのです。それらは交互に大きくなり、これを通じて私達はあたかも右と左の線を繋ぐ中間の線に沿って二つの脚で歩くように前進します。

その二つの線は前に押すという目的でしか繋がることがなく、その後、再び動き始めます。私達は最初に右へ動き、そこで目標の重要性、繋がり、そして継続したいという願望を獲得し、行きます。その後、左から“心の重さ”が現れ、こうして取り組むものができ、また中間の線に戻ります。このようにして私達は前進します。

この理由からこの状態が長く続かないのです。そうでないなら、それは自然に反する事になります。常に強い幸福感の状態でいること以上に好ましくないものはないとさえ言えます。人は、常に“雲の上”に居るというのではなく、自分が進歩し、努力し、そして何らかの内面的抵抗を克服することを感じなくてはなりません。

私達の作業とは、何かを与えて受け取り、そして再び与え、そしてまた受け取ることを敏感に感じる事です。私達は抵抗と行動と達成を感じなくてはなりません。この理由からきつい仕事には、そして、私達の努力の結果を見て達成した事を二三日楽しむ、そのような大きな集会で絶頂に達する困難な準備には、多くの喜びがあるのです。しかしながら、この後に、私達は再び苦労、克服、模索、明瞭化、そして是正の状態にもどらなくてはなりません。いつかまた別の美しい結果に至るために。

その理由は、クリエーターと創造物は二つの相反する属性として、お互いの反対側に立っているからです:受け取りたいという願望、そして、授け与えたいという願望。それらの同等性はそのような相互行為の手段でしか達成されません。べつのやり方で進歩することは不可能です。私達は小さな状態(Katnut)またはHafetz Hesedに留まってはいられません:私達は前に進まなければならないのです!

Post Zohar Convention Lesson 5/11/10


スピリチュアルな救急車を呼んだ人はいるのか?

私は人生において問題を欠くことがありません。時おり、全ての事にうんざりし、苛立ちを感じ、そのどんなものに対する願望も自分に残っていないように見えます。だから私は全ての動物的で地上的なものを少しの間わきにやり、最も重要な事を見分けなくてはなりません:現在の自分にある、周囲の人々との関係は何なのか? 私は彼らを憎んでいる、私には彼らに対する配慮などこれぽっちもない、彼らなど居なくなればいい私の知ったことではない・・・。私が環境に向けているこのネガティブなものが、私の邪悪な性向です。

それは私達の魂の破壊の結果として表現されています:私達はかつて合体していたが、現在はその逆―完全なる断絶―が発見されつつある。この発見は非常に重要です。それは私に必要な事です。私はこれらのネガティブな瞬間を捨ててはなりません。それらを集めなくてはならないのです。それらは私が如何に他者を憎んでいるのか私に示してくれます。そして、これが明らかになりつつあることは素晴しいことです! そうです、私は彼らを憎み、軽蔑し、彼らは私を気持ち悪くさせ、私達は仰天するほどお互いから遠く離れています―そして、これは素晴しい事です。今や私には是正を始める機会があるのです。

だから私は彼らに方へ進みます。私は可能な場所で屈んで、最低でもなんらかの繋がりを探し出すために、努力をして勉強と普及活動に参加します。もし私が今日は友達の顔さえ見る力がないと感じるのなら、目標達成のためになる、なにか機械的な仕事を引き受けなくてはなりません。自分が徐々に総体の流れに復帰するようになるまで。

どんな人も自分で這い上がる事のできないの状態にまで投げ落とされることがあります。この理由から、単に、その人にはグループと全世界のコミュニティーからの支援を受け取る義務があるのです。周囲の助けが必要な意識を失った人のように。

一方、グループの役割とは、患者のスピリチュアルな命を救う医師のように、これらの事態を確認し、“被害者”に直ちにプロの助け、救急室を提供しなくてはなりません。これをするときに私達は、人のなかにある悪を“踏み消す”のではなく、その人を目覚めさせ、その人を築き上げる中間の線にもたらすよう、サポートするのです。そうすれば、全ての悪は善に変わるでしょう。

From Lesson 5, World Zohar Convention 5/8/10


カバラの集会は世界の是正にどう影響を及ぼすのか

受け取った質問:私たちがカバラの集会に参加することは、どうように世界の是正に影響を及ぼすことができますか?

私の答え:それは必ず世界の是正に影響を及ぼします。なぜならそれは統一の行為であるからです。私たちの間のどんな統一の行為も、クリエーターとの接触に近づかせる新たな一歩になります。そのような行為のすべては、私たちを引っ張り彼により近づけさせる包む光を引き寄せます。そして私たちを通して、その光は全世界に広がります。

私たちの使命と責任について私たちが考えれば考えるほど、それはますます効果的に働きます。その理由は、それがクリエーターに満足をもたらし、創造物のよい未来に貢献することになるからです。私たちの間の統一の箇所が強ければ強いほど、私たちはますますクリエーターの近くに引き寄せられます。

コンピューターの画面上の魂

受け取った質問:コンピューターの画面上でグループを見るだけで、どう私は彼らとの結びつきを強めることができますか?

私の答え:今週末にグローバルなカバラコングレスが、世界の数十カ所で同時に開催されます。数百人集まる所もあれば、数十人の所もあるでしょう。世界中全部を合わせると、数千人の人々になるでしょう。そして、それら全ての人々は一体感を感じたいと望んでいます!

私達は心の点を結ぶことでしか一つになれないことを理解しなければなりません。全てのレッスン、食事、セミナー、コンサート、そして全てのことに一緒に参加しましょう。しかし、もっとも重要なことは私達の思考です。

私は自分と同じ願望を分かち合う世界中にいる数千人の人々と一緒にいるのだと覚えておかなくてはなりません。思考と願望は物理的な距離に制限されません。それらは無限の速度で広がる力であり、誰にも止められません。思考と願望の力は宇宙のどんなものよりも強力です。

したがって、もし私達が共に一つになろうと試みるなら、必ず私達の内側に変化を呼び起こすでしょう。私はそれが起きることを強く望みます。今日我々の世界グループには、全ての人が“壁”を飛び越えてスピリチュアル・ワールドのなかに渡るのを助けるだけの強さがあります。もし私達が共にそれをしようとするなら、それが起きるのに必要な機会が十分あります。それはすべて私達が進んで結束しようとする意欲と、一人でこの繋がりをつくる能力を有している人が誰もいないということの理解によります。

私達の状態はちょうどシナイ山のそれと同じです。私達には条件が与えられています:一つのハートを持つ一人の人間として一つになれと。しかし全員がこれが不可能であることを理解しています。私達はシナイ山(ヘブライ語でシナは“憎しみ”を意味します)の周りに立っています。憎しみの山は私達を互いから引き離します。それは私達全員を分断します。しかし私達には心の点があります。それらはこの山の麓に集められ、何もできずにいます。

これが、なぜ私達がトーラー -光- を私達に与えるようクリエーターが明かされることを要求するのかということの理由です。もし自分一人で他者に繋がる能力が私にあったとしたら、クリエーターは必要ありません。彼は悪の性向を創造しました。それは私がこの山の麓にいる間に明らかにする悪です。私達の大きな願望にも、これが私達の唯一の救いでその他には進むべき道がないという理解にもかかわらず、私達が共に一つになることか不可能であることを私達は気づいてます。

その結果、私達はトーラーを是正手段として要求するようになります。しかし、これは、分断された部分すべてを組み合わせることによって私達を一つのスピリチュアルな共有の容器に一体化させる上層の力(Upper Force)にしか可能にできないことです。

そしてそのあとで、クリエーターはクリーチャー(創造物・被像物)に明かされます。これを“トーラーの授与”と呼び、そこでクリエーターは私達の相互保証の立会人または保証人としてふるまいます。この相互保証を支えるのはまさに彼です。彼は、私達を互いに結びつける授与の力の集積なのです。

そのときから、私達は砂漠の中での40年間の旅に出発したことになり、私達自身でスピリチュアルな共有の容器(Kli)の形成を継続します・・・。

マクソム(障壁)への攻撃は精神界の中への誕生です

受け取った質問:あなたは何度か“攻撃”の概念について言及しました。私達は誰を、または、何を攻撃しているのですか? この状態に今ここで、特にこのコングレスで到達できますか?また、それをするためにどう互いを助け合うことができますか?

私の答え:実際、スピリチュアル・ワールドは攻撃を通じて達成されます。それは上層からの圧力の直後に下層からの圧力が生じるときのことです。スピリチュアル・ワールドの中へと渡ることは、子供の誕生に似ています。胎児は成長すると、頭を逆さにして生まれてきます。

逆さにするということは、人の自分自身と世界に対する観念を完全に変えることを意味してます。より重要なことと余り重要でないことの位置が入れ替わるのです。逆さまにするという意味は、人が価値観を変えるということです。これを行う覚悟ができれば、すぐにスピリチュアルな誕生は起こります。言い換えると、人(胎児)と母親(クリエーター)の両方から、圧力(プレッシャー)がなくてはならないということです。

私達が上層の段階に似るようになろうとする試み、および友達との間に正しい結束状態を見つけようとする試みを通じて、私達は陣痛(Tsirey Lida)にも似た上層からの圧力を引き寄せます。ヘブライ語の“収縮・攣縮”という言葉(Tsar, Tsirei)は、“狭い”という言葉(Tsar)に語源があります。この意味は出産の攣縮(つまり陣痛)がとても狭くて苦しい状態をつくるので、私達がマハソン(障壁)から押し出されてスピリチュアル・ワールドの中に入るということです。

マハソンは狭い所で、そこを通って人が誕生します。よって、私達は“狭い”状態や苦しみを恐れるべきではありません。私達は単に自分達を逆さにして誕生すべきなのです。

(ユーラシア・コングレスにてのレッスンより 2009年10月23日)