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不平等は社会にある全問題の根源です

世界における投獄率、麻薬の乱用、うつ病、離婚、家庭内暴力、親と子の疎遠などネガティブな社会現象に関しての統計データを分析すると、興味深い発見があります。

これらの問題は貧しい国々ではほとんど存在しないことが分かります。抗うつ薬について述べると、社会的平等のレベルが高い国に住む人々はあなたが何について話しているのか理解しません。しかし社会的不平等がより多くある社会で抗うつ薬を飲むことは普通なことであり、多くの人に個人的に診てもらっている精神分析医またはセラピストがいます。

最終的に分かることは、問題は貧困にあるのではなく、様々な生活水準の不一致(つまり格差)、他者と関連させた(つまり比較した)自己評価の方法、私達の間にある不平等にあります。平等とは自然法則です。よって社会のバランスが崩れれば崩れるほど、社会問題は多発します:犯罪、麻薬、うつ病、離婚などです。同時に人々の生活水準が近くなればなるほど、私達の社会に蔓延しているこれらの問題は少なくなります。

あなたは洞窟のなかで暮らし幸せになることができます。又は、どんな問題が起きることなく完全な繁栄のなかに住むこともできます – 社会の全員が同じスタイルで住んでいるかぎり。問題は不平等から唯一生じています。まさにバランスの欠如がすべての悪の根源であるゆえです。

しかし人々を平等に至らせることは簡単な作業ではありません。なぜならそれが私達のエゴイスティックな(利己的な)願望に矛盾しているためです。それゆえに人にはそれを補うものが必要不可欠です:現在の私達の願望は他者よりも“上”(優越)になりたいという理由から、私達は他者と平等になることでいったい何が得られるのかと思います。私達がこの願望を変化できるようになるには、創造主が啓示されることでしかないため、カバラはお互い同等な人間として暮らしなさいと伝えます。創造主を啓示させることは不平等における全ての気持ちを満たし、他者と同等になることにおける妥協を補ってくれる報酬になります。

マスメディアの役割は世界に奉仕することです

受取った質問:共通の是正プロセスにおいてマスメディアの役割はどう変わるべきですか?

私の答え:人の是正は社会の影響によってのみ生じることができます。私達全員は是正を達成して正しく結ばれなくてはなりません。そしてこれを行うために、全員が自分のいる環境から正しい結束の模範を得なくてはなりません。

したがって私達は最も強力なコミュニケーション・ツールであるマスメディアを利用して世界に正しい環境を築かなくてはなりません。メディアは社会からの要求と政府からの圧力によって是正を行うツールに変わらなくてはなりません。強力で広報的なメディアのみが、人々に自分の環境との関係性を変える必要があると感じさせる影響力があります。

子供は親から正しい行為を要求しなくてはなりません。さもなければ親の行為を恥じるようになります。そして私達の各々も他者に対する悪い扱いを恥じなくてはなりません。

社会の要求から達成された変化だけがこれを可能にします。このようにして私達はマスメディアを、利益を得る為の販売道具として残しておくのではなく、本当に人々を繋ぐ道具にすることできます。

授与することは他のどんなことよりも私達を満足させます

受取った質問:受取る意志から与える意志に変化する期間に何が社会に起きるのか分かりません。人々はお金や権力ではもはや満足しなくなりますが、彼らは与えることが何なのか分かっていません。どのようなことが人々の与えることを動機づけそうさせるのでしょうか? 与えることから何の喜びも得なくしてどう人々は与えることを願うようになれるのですか?

私の答え:社会が人々に与えることを奨励するという理由で人々は満足します。与える人は社会から尊敬および報賞され、これがその人を満足させます。私達の進化の目的は、人と人を繋げて与えて愛することのエネルギーを、この人々の繋がりの感覚自体から得ることです。

結局のところ人々が本当に求めているものはお金や権力や成功ではなく、内的な満足または社会から受ける特定な態度です。生存に必要な物質的なものよりも上にある、それらを超越するすべての喜びは、すべて目に見えないバーチャルな充足として知覚されます。

その上、お金で満足することよりももっと大切と見なされる傾向にあるものもあります。それは社会から認められて尊敬されることから得る満足感です。これはお金持ちや権力者らも求めていることですが、彼らがそれを手にすることはできません。なぜなら彼らに払われる敬意や承認などは、ワイロを使って獲得される偽物であるためです。

人が経験することで最悪なことは、社会および自分の子供からの非難、屈辱、軽蔑です。これは死そのものよりも最悪なことです。これらと反対な質は、尊敬、承認、感謝です。これらは私達に人生における最大の充足を与えます。

私達に課せられたことは、社会から受取ることから社会に与えることに全員を変化させる世論を育むことです。そうすれば社会に与えることによって得られる報賞をだれもが感じ取るようになるでしょう。

私達は自然の世界体系を学ぶことで意向と意図を是正します

世界体系の学習を始めること以外に私達に選択肢はありません。学ぶという行為だけでも私達の意向や意図(intention)は改善します:私達は正しい意向と意図を明かすようになります。それが意味していることは、世界のことを自然が要求している関係にもっていきたいと私達が願うようになるということです。

これを行えば、すぐにでも私達は自然に近くなり、それとの反対になることがなくなります。私達の性質は自然に類似するようになるので、私達は自然とのよい関係を保つようになります。

私達は言うことを良く聞く子供のようになります。周囲にあるもののすべてを破壊したいと思わなくなり、母親にお仕置きされることもなくなります。たとえ彼の中身がまだ正されていなくても、既に彼は要求されていることとお仕置きを避ける為にしなくてはならないことを理解しようと努力していることになります。もはや彼は違う扱いを受けるようになりキャンディをご褒美にもらいます。

それと同じことが私達にも起こります。しかし私達はどうやってそれを始めることができるのでしょうか。私達はそれを単に勉強して始めることができます。私達はテレビ、インターネット、新聞、およびその他の媒体を利用し、この知識を人々に与えなくてはなりません。私達はバール・ハスラムが述べていることを彼らに説明しなくてはならないのです。

不正なビジネスは羊の丸焼きに少し似ている – あなたは全部を食べきることはできない、しかし他者に与えることもできないのです

受取った質問:今日の世界はグローバル化しました。私達は皆その”小さな村”のなかに拘束されています。ある人は何かを買いたい、そしてもう一人は何かを売りたいと仮定してみて下さい。グローバル化した世界のなかで、どのようにこの取引は行われるべきですか。通常、人々は交渉します – 売り手は最も高い値段で売りたいと思い、買い手は最も低い値段で買いたいと思い、最終的にこの中間で成立するように。

私のコメント:実際にはそれは真実ではありません。人がお店に行って欲しいものを見たとき、買いたいとは思いません – 人はそれを取りたいのです。来て欲しいものを何でも取る子供と同じです。これが私達の性質というものです。

ピラミッド型の構図をつくった金融業界の所有者は何をしましたか。私が自分のお金を銀行に投資する、そして銀行はそれに利息をつけて返金する。これが契約です。しかし銀行は私のお金をすべて取ろうと試み、契約を破りました。これが基本的に皆に起きたことです。

私達は、私達の”受取る意志” – 私達のエゴイズム – が完全に私達をコントロールしている状態にまで達しました。そしてそれは私達に公正なビジネスをすることを許しません。すべての人は盗むことも殺すことも、”成功”するためなら何もいとわないのです。この無分別な行為の原因は、私達のエゴイスティックな性質にあります。エゴイズムは人形師のように私達を操っているのです。

私達の金融システムとピラミッド型の構図を作らしたのはまさにこのエゴイズムです。そして人々は他の銀行も破綻するかもしれないと知っておきながら、未だに金を銀行に投資しています。しかしそれは銀行員の知ったことではありません – 彼らの一人一人が、既に持っているお金も使いきれないくせに、もう500億ドル稼ぎたいと思っているのです。

厚切りの羊の肉がローストされているのを想像して下さい。あなたはお肉を全部食べたいと、それをむさぼるように見ています。しかしどうなるのでしょうか。ハーフパウンド、または多くても1パウンドも食べたら、それ以上はもう食べることはできなくなります。そしてその食べ残りを見て考えます。「捨てることはできない!」だからといって他の人に与えるために自分自身を強制することもできません。したがって人がその500億ドルを何かの事業に投資したとしても、そしてその投資が無駄になると分かっていたとしてもなお、人は自分の資本金をもっと増やそうと試み続けるのです。たんに自分を止めることができないのです。

永続的に膨張する私達のエゴイズムが私達にしてきたことがこれです! 古代の寓話に次のようなものがあります。エゴイズムが原因で死につつある男に死の天使が剣を持って訪れます。そしてその剣の先端には一滴の毒がついています。しかしこの一滴の毒はその男につかの間の喜びを与えます。人は喜びがないと生きていけません。したがって、その男は口を開き、そのしづくを飲み込みます – そして死んでしまうのです。私達は生まれた瞬間からこのようにして死んでいくのです。しかし、まさにこの現在露呈しつつあるエゴイズムが、そのエゴの支配と、その支配から脱出する必要性を示す能力を私達に与えてくれます。これが私達の”エジプトからの脱出”になるのです。(訳注:カバラでは、古代エジプトはエゴイズムを意味します。)

資本主義の時代は終わった

米国人は彼らの資本主義が終わったことを理解すべきです。政府は未だに時代遅れの原理で機能しています。その原理は個人のエゴイズムの時代に合ったもので、「個人の収入は個人のエゴイズムと努力によって決まる」という規則に従うものです。しかし今日では、全ての人は世界を統制する力の体系(システム)または格子(グリッド)によって決められています。今日の様々な問題の原因は個人ではなく、世界統制体系 – 社会、または人類 – と全ての人の相互作用によるものです。解決策を見つける為には、私達は人々における個人との関係ではなく、環境との関係に目を向けなくてはなりません。

景気回復のため大量に金融資金を投入することには、何の効果もありません。なぜなら私達に欠けているものは金銭ではなく、人々との間にあるつながりだからです。問題はどのようにして人々の意識と感覚の中に全員を結ぶ格子(グリッド)を作るのかということです。変化させるべきものは人々の態度です。私達一人一人は標準的生存のために必要である正確な分量(必要最低限)だけを保持するという覚悟を決めるべきです。そしてその他のすべてのものは社会に還元すべきです。「消費者の社会」は消滅しました。私達は「最善生存」の社会のなかに入りつつあります。

1867年、カール・マルクスからの引用文:「資本の所有者はより高価な商品、不動産、そして設備を購入するように労働階級を刺激し、より多額の融資を受けることを推進させ、やがて融資は債務不履行にまでなるだろう。債務不履行になった融資は銀行を破綻させ、それは政府によって国有化され、これが逆に共産主義の出現を導かせるだろう。」