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クリエイターの特質

質問:クリエイターの特質を挙げてもらえますか?

答え:これほど簡単なものはありません。それは授与と愛の本質であり、クリエイターに他のいかなる特質も存在しません。
人間の体の各細胞や各臓器のつながりのごとく、授与は私たちの間の正しい関係です。例としてこれを想像してみてください。全臓器のように1つの体の中で私たちが共につながっている必要があることを。

この世界の外にある物事について話しましょう

質問:インテグラル・エデュケーション(統合的教育)のグループでは、何を議論するのがベストですか?また何を議論しないのがベストですか?

答え:比喩的に言えば、私達は愛と友情についてのみ語るべきです。私達は今の自分たちの状態を調べたりはしません。なぜなら、それらはすべて動物レベルに存在しているからです。

はじめに私達は「人間」レベルに上がらなければなりません。そしてその全体的なイメージを創りあげなければなりません。それは私達に共通する授与と愛の特質であり、そのようなお互いに対する私達の態度です。私達は議論を、私達の間の正しい相互関係ネットワークのレベルにのみ保つことができます。また私達の集合的状態を強める物事についてのみ議論することができます。

なぜそうするのでしょうか?なぜなら、その状態でより強くなることによって、私達は確かな力を生成させ始めます。そしてその力が私達の現在の動物状態を照らして変化させ始めます。より高い状態からのみ私達はより低い状態を変えることができます。私達の衝突・争いのすべては次第に消えてしまうか消える前にエスカレートするかでしょう。そしてこの背景のもとで、私達は私達のコネクション(つながり)を発達させているのです。

From a Talk on Integral Upbringing 3/4/12

あなたの隣人を愛せよ - カバラモーメント 2011.4.15

愛についてもう一度

質問:友達への愛とは何ですか?

答え:愛とは1つの共通の欲求に於けるユニティーです。カバラは以下の例を挙げます:ビナーがハフェツ・ヘセド(Hafetz Hesed-自分自身のために何も求めないこと)の状態に達する時、ビナーはマルフトに降りて来て一体化し、ビナーの全ての力をもってマルフトの欲求を満たすために、マルフトの欲求を吸収する。

それが愛と呼ばれるものです:誰か他の人の欲求を吸収し、何でもあなたに出来ることでそれを満たすこと。人は1つしかない枕を譲らなくてはならないと記されています。それは私達が到達する必要のある愛の顕示です。

しかし、どうやってそれを達成できるのでしょうか?私達は物質世界の中で一人一人に全ての基本的生活必需品があるようにしなくてはならず、そしてスピリチュアルな世界の中において一人一人が私達の共通の欲求(Kli、器)のなかにある全てのものを受け取ることを確実にしなくてはなりません。

私達全員を1つの欲求として見なし、それを生き生きした状態に保つために全てのことをすることがとても重要です。各自はそれが自分にかかっていて、しかも、この世界のための天秤を罪の皿から慈悲の皿へと傾かせることが自分の手の内にあると感じなくてはなりません。このように私達はマルフトと呼ばれる上層の光、すなわちクリエーターが明かされる場所を作り出します。しかし、その究極的な目的がクリエーターに満足を与える事であると忘れないようにしなくてはなりません。

しかし、クリエーターに対してそれをする事は容易ではありません。私達にはまだ彼の光の確かな感覚がありません。よって私達は最低限、どうやって彼が隠れている場所に、彼を求める欲求の全てが集合した場所に、喜びをもたらすのかということについて考えるべきなのです。「創造物への愛からクリエーターへの愛へ」と記されているように。創造物への愛は、実際は、最も総合的な一体化した欲求です。

私達が復活させたいと望む私達の魂の関係を友達への愛と呼びます。友達とは、スピリチュアルな内なる繋がりに達するために物質レベルで集まった個人たちなのです。私達は既にそれについての全てを知っています。今はそれをただ実行するときなのです。

それについての無数の言葉が語られてきましたが、それらの言葉はその人のいる状態に従って毎回新しく知覚されます。私達はそれらを私達自身の内側へとより深く吸収する必要があるだけなのです。そうするとそれは明確になるでしょう。

この事において根気が必要とされます。それは私が待つことに賛成し、全てのことを後回しにする、明日にするということではありません。今日できる全ての努力をする根気を持って下さい。しかし、もし成功の兆候が見られないなら、それは今にも起きるという自信を持ってください。

From the Daily Kabbalah Lesson 12/10/2010, Baal HaSulam, Letter 13, 1925

真実の授与または利己的な授与

質問:この世で私たちは、与えることから利己的な喜びを受け取ります。もし上層の世界でまたしても授与から喜びを受け取るとするなら、上層の世界にいることの利点とはなんですか?

答え:もしこの世の中で授与を喜ぶことが許されていたならば、私たちはいつも与えていたでしょう。問題になるのは、なぜこの世の中で私たちが与えるのかということです。それは喜びを受け取るためです。これがこの物質界とスピリチュアルな世界の違いなのです。

この世において人々は、たった一瞬の喜びのためだけにすべてを捨てても構いません。私たちにとって喜びや楽しみはすべてであり、行為それ自体は重要ではありません。誰かを愛する時、私たちは人生をも含むすべてを彼または彼女に与える用意があります。この理由は私たちの内部に愛と喜びの「麻薬」が分泌されるメカニズムがあるからです。しかし、もし愛を感じないなら、進んで与えようとはしません。なぜならそのことから何の喜びも感じないからです。

さて、ここで問題です:与えるために、または、喜びを感じるために、私たちにはが必要なのでしょうか?

これがその二つの世界の違いです。

From the 3rd part of the Daily Kabbalah Lesson 5/4/10, Article “Matan Torah”

上層の愛の法則

質問:私は受け取るためにカバラの科学(受け取りの科学)にやって来ました。しかし突如私は、カバラの科学が人の欲求を高める方法を教えるとわかりました。このことにおいて受け取ることはどこですか?

答え:これは受け取りです。私は我々のまったく知らない「愛」と呼ばれる特別な力をクリエーターから受け取ります。この力の助けを借り、私は現実に存在する全ての欲求を自分自身に結びつけます。それらすべてが私の欲求になり、それらを満たすものと共にそれらを受け取るのです。

これをカバラの科学と呼びます。それは善良さでいっぱいの欲求を受け取る方法についての科学です。それらはすべてあなたのものです。必要なものは、それらに対する愛を感じることだけです。そうすれば、それらが是正の終わりの状態で、そのすべてがあなたのものであると悟るでしょう。

愛の力を獲得する時、あなたは隣人の欲求をその隣人本人よりも感じ始めます。そのあとに、あなたは自分の感覚にしたがってその隣人を満たします。それは母親が自分の子どもが必要とするものを感じ取るようなことです。

スピリチュアリティにおいて、上の者は下の者が必要とするものを一番よく知っています。下の者はただ泣き叫び、欲求をあなたに明かします。しかし、あなたは彼の欲求の構成要素すべてを知っています。たとえ下の者がそれらについて知らなくても。その理由は、あなたが上の者であるためです。もしあなたが授与する者であり、彼を満たすのなら、彼との関係上あなたは上の者であり、彼自身よりも彼のことを知っているのです。

これが上層の愛の法則です。この世の中で我々が「愛」という言葉の性質であると考える概念と共通なものは、それにはまったくありません。

From the 3rd part of the Daily Kabbalah Lesson 5/3/10, “Matan Torah”

動物の世界 vs 人間の世界

ラビ・アキヴァは「自分のようにあなたの隣人を愛しなさい。それはトーラーの偉大な規則である!」と言いました。なぜ隣人に対する愛が偉大なルール、つまり私達を動物か人間のカテゴリーに二分割する基礎を成しているのでしょうか?もし自分自身を愛しているのなら、私は動物ということになり、もし隣人を愛しているなら、私は人間ということになります。動物としての私はこの物質世界しか知覚しません。しかし隣人を愛し始めるとき、私はクリエーターとスピリチュアルワールドを知覚します。

スピリチュアリティーは、スピリチュアルな器、またはKliと呼ばれる、愛の力の中で感じられます。今の自分の器は、利己的な愛、自分自身を愛したいという願望です。現在知覚している世界とは、この願望の中で知覚されます。この利己的な現実の中で、私は自分に対して良いものか悪いものしか明らかにしません。

私は、世界及びその光を遮る様々なもの全部を、自分自身に関連させてしか明らかにしません。世界にある色や音のすべても、自分にとって有益か有害かによって決定されます。私は、ある一つのものに対して恐れをなし、それとは違う何かを求めるのです。私はあるものに反発し、その他のものを引き寄せるのです。すべての影響は、自分自身に対する愛を中心に機能している、自分の感覚の中で明かされます。したがって私は、自己愛に関連しないものに気づきません。私は単にその存在を認知しないのです。

事実、私は[今現在も]無限(Ein Sof)に直面していますが、それを感じません。それは自分に対しては存在していないように見えます。なぜなら、それが私を気持ち良くも悪くもしないからです。利己的な愛は自分の知覚する宇宙の大きさを決定します。よって、無限世界の外側で私はほんの小さな範囲、つまり自分の世界しか感じていないのです。

私が自分自身の外に出はじめるとき、私は自分の以前の願望の中で、他者に対して良いものと悪いものを感じます。言い換えると、自分の隣人を愛しはじめるということです。これを上層のスピリチュアルな世界と呼ぶのです。それを明かすとき、私は全く違う宇宙を明らかにします。

もし私が自分自身に対する利己的な考えに注意を払わなくなり、自分の友達について考え始めるのなら、たとえそれが全く物質的な意味であったとしても、私は全く違った世界と問題と解決策に気づくでしょう。私が自分以外の人に対して良い事を明らかにする時、それが自分と関連して「上層のスピリチュアルワールド」と呼ばれるようになります。人はその人の物質的で利己的な世界と同じものも見ますが、私がその人の現実の中に入り込んでそれに包まれ、その人の世界をその人の中から明らかにしたいと切望するとき、それは自分のスピリチュアルワールドに変わります。

この訓練が私を自分自身の外に出させ、クリエーターを感じさせます。私はクリエーターをあなたの中で感じるのです。「クリエーターは彼の国の中に存在する」と記されているように。

From the 3rd part of the Daily Kabbalah Lesson 4/26/10, “Matan Torah”


私達の考える愛とは変装したエゴイズムです

受取った質問:なぜあなたは私達が“他者に対する愛”を知らない、または理解していないと言うのですか?

私の答え:人々は“愛”がセックス、子どもの世話、病人と貧困者への手助けなどに関係しているものだと大抵考えています。今や私達はこの概念を本当に理解しなければなりません。それが現在の危機の起きた理由でもあるからです。この危機は、愛が何であるのか、そして愛を欠くことの意味が何なのかを私達に本当に理解させるために起きているのです。実際にこれが危機の本質です。

金融、産業、その他の分野で起きている全出来事の唯一の目的は、私達に真実の愛が本当に何であるのか示すことです。その後で私達は他の全てのことをこの概念に比較させ、今の私達の性質がエゴイズムでしかないことを実感するようになります。

人々は“悪の啓示”(悪が明らかになること)と呼ばれるプロセスを経験しなければならなくなります。私達の現在の愛の理解は悪であり、既に他者を愛していると考えているという事実もそれと同じことだと人々は理解しなければなりません。その後で人々は、お互いに対する扱い方を今と同じように続ければ、個人的にも集団的にも全員の気分が悪くなるということを理解するようになります。あなたは個人的に気分がよいかも知れません。しかし他者を愛さないかぎりあなたもまだ邪悪な段階にいるのです。

私達は“他者に対する愛”の本当の意味を定義しなくてはなりません。またそれと反対なもの – 憎しみ – も定義しなくてはなりません。なぜなら「光は暗闇よりも優れている」からです。私達が自分以外のすべての人を憎んでいるということを認識しないかぎり、私達は愛に転身できるようにはなれません。これが最初のステージであり、人類はその状態に近づきつつあります。

今のところ、人々は「そうですね。私達はお互いに対する愛を十分に持っていないのかも」と考えながらただ賛同しているだけです。しかしながら、人々は私達の間にはびこっている憎しみについてまだ理解し始めていないのです。

愛と憎しみの数学

仲間に対する憎しみは、憎しみの感覚としてではなく、自分の利益のためにその人を利用したいという願望として表れます。この感覚はそれを愛 – 自分自身ではなく他者を充足させたいという願望 – に変化させない限り続きます。

私の先生だったラバシュは次ように言いました。「自分が0で友人を1として心に描くことができる。または自分が1で友人を0として見なすこともできる。これは自分の願望しだいである – 自分の利益の為に彼を使いたいか、または友人に利益を与えるために自分を使いたいかによって決まる。」

あなたが他者をどの程度満たしたいかによって授与と愛の光はあなたを満たします。

統一:救いの力

私達は統一が絶対必要である状況に至りました。しかし私達の統一は各自の気分が良くなるという理由からではなく、そうすることで私達全員が一緒に気分よくなるという理由でしなければなりません。

過去において私達を互いに引きつけていたものは、協力から得られる利益でした。この理由で全世界の人々の繋がりが築かれました。私達は世界の一部で何かを生産し、それを世界の他のもう一部に売り、そしてさらに違うもう一部から何か別なものを受取り、これら全てのことが又さらに違う場所に影響を与えました。このように人々は自分達のエゴ、すなわち喜びを受け取りたいという個人的欲求を満たしてきました。

しかし今日私達はこの利己的な繋がりから利他的な繋がりへと変更する時期を迎えています。それは個人の利益の為ではなく全員の利益の為に行われるべきです。私達の繋がりは”受取る為”から”与える為”に変わらなくてはなりません。私達は授与する機会の為に統一しなくてはいけないのです。

このことが完全に非現実的に聞こえることはもちろんですが、自然はこのような統一を私達に余儀なくするでしょう。したがって、普遍的な授与と愛の自然法則を率先して学ぶことのほうが良いのです。この法則は自然が一体であるという事実に起因しています。私達が少なくともこのことについて話し、考えはじめれば、私達の考えがすべての仕事をしてくれます!

カバラの科学は、自分一人でスピリチュアリティを獲得する力が誰にも備わっていないと説明します。私達が自分一人で授与の特質に満たされ、それによって安らぎを得ることは不可能です。もっと正しくは、唯一私達の間に正しい繋がりを築くことにより、これを成し遂げることが出来ます。そしてこれを行うために理解すべきことは、正しい種類の統一に至ることによって、私達の一人一人が全ての共通の力を受け取るということです。そして、これは愛を通じることでしか達成できないものです。