Entries in the '危機' Category

日本とエクアドルでの地震

質問:日本の南西部で起きた一連の地震によって、40名近くが亡くなり、200名以上が負傷しました。同じようなことがエクアドルでも起こりました。死亡者の数は233人に、負傷者は1500名以上に達しました。

何故これらの平和で罪のない国に、このような恐ろしい悲劇が起きるのでしょうか?

答え:これについて説明するのはとても難しいです。なぜなら、すべては地球上における人類の全体的な分布によるからです。なぜ突然このような天災が、とりわけこれらの人々に起こって、他の人々には起こらないのでしょうか? エクアドルとの繋がりは何でしょうか?

もし、私たちが起こることの理由を探し求めるなら、間もなく誰もが、ユダヤ人にすべての天災の責任があると言ったり、書いたりするでしょう。誰もが世界に現れるすべての問題の責任をユダヤ人だけのせいにするでしょう。彼ら(ユダヤ人)の間違った態度、彼らの間の団結の欠如によって、そのような反応が自然と世界の国々の両方において引き起こされるのです。

自然はバランスを崩し始めており、これが気候変動、地震、火山噴火、そしてさらなる天災として表わされるのです。私たちは、あらゆる形態の自然や人間社会のバランスの欠如を呼び起こしています。だから私たちに全ての責任があるのです。

質問:しかし、直接的な因果関係は目には見えなく、人は罪の意識を感じていません。それでは、なぜ上層の力は私たちに対してそのようにふるまうのでしょうか?

答え:直接的な因果関係を見ることとは、上層の管理システムを明かすという意味です。さもなければ、直接的な因果関係を見ることは不可能です。なぜならあなたは打撃を避けようと強制され行動するからです。しかし、あなたはそれとは違う方法で行動しなければなりません。つまり、駆り立てられることなく、自主的に、特別な自然の法則、すなわちその全各部分のつながりの法則であるクリエイターを実感したいと思うときのことです。

これはあなたの手の内にあります。「獣」のレベルに留まるのではなく、アダム(人間)のレベルへ自分自身を高めたいと思うことで、これに向かって進むのかどうかはあなた次第なのです。

質問:この目的のために何千人もの人々が殺されたのですか?

答え:何十億人の罪のない人々が殺されました! どれほどの責任があなたの肩にかかっているのか想像してください。

他には何もありません。カバラの書物に書かれていることを読んでください。アブラハムを先頭にそれ以降、私たちの民の偉大なる代表者の全員がこのことについて語っています。

世界の全ての問題の責任は私たちにあります。また、もし私たちが適切にふるまうならば、その幸せのすべての原因も私たちにあるのです。

何が起こっているのか、カバラの智恵は何を言っているのかについて真剣に考えるかどうかは、私たち次第であると私は信じています。さもなくば、私たちは70~80年前に目撃したものよりさらに一層恐ろしく残虐な方法で教えられることでしょう。

[182140]
From KabTV’s “News with Michael Laitman” 4/18/16

Euromaidan:米国 vs. 欧州 – 国家に大混乱をもたらす

今日のウクライナは統合させるもの、つまりヨーロッパとロシアをつなぐ橋です。しかし、米国はヨーロッパとロシアの統一を好ましく思わないので、その実現を防ぐために出来る限りのことをします・・・

ジャーナリストのBaranov氏によるマイケル・ライトマン博士(インターナショナル・カバラ・アカデミー長)のインタビューより

ウクライナのプロセスは止まりません。それは「アラブの春」にとても似ています。エゴイスティックな発達の全体的動向に適合する、管理され前もって決められたプロセスについて話しているのです。

 一般的に2つの力があります:1つは統一を目指し、もう1つは分裂を目指すものです。最初の力に含まれるのは、ヨーロッパ、ロシア、中国、および日本の共有地帯を作ろうとする試み。しかし、それはいくつかの点で米国政府の望みと野心に反しています。米国政府はそれに反対です。最悪のシナリオでいくと、この対立は世界戦争につながります。

現在の動向は何も良いことを生じさせません。どんな国家に於いても良いことにつながりません。普通の市民は奴隷です。そして、彼らをコントロールする力がまず第一に彼らを混乱へと導きます。同じことが中東に対しても計画されました。

何もそれ自体では起こりません。米国はヨーロッパに反した行動を取ります。結局のところ、完全な独立ではありませんが、ある程度の自己決定でヨーロッパは米国に抵抗するために統一したのです。

今日、ウクライナを通してロシアとヨーロッパの統一の必要性があります。従って、ウクライナがホットスポットになりました。ウクライナなしに統一はありません。2つの部分、親欧米派と親ロシア派からなるウクライナは「橋」になるかもしれません。

-米国はとてもこのことを恐れています。なぜなら、統一された地政学的な地帯が現れるからです。それはアラブ諸国も含んでおり、米国は世界全体を失います。したがって、ウクライナがヨーロッパとロシアを統合させるもの(リンク)にならせないことが最も重要なのです。

もしそのプロセスを支配する力が人々を立たせるならば、ウクライナは分裂に向かうでしょう。今日、「腫れ物」が破裂する寸前まで、休止状態で内部に横たわっている是正されていない大きな歴史的な矛盾があらわになっていることは偶然ではありません・・・

 その結果、このエゴイズムこそが私達の本当の敵であると悟らなくてはなりません。そのために私達はどんな合意にも達せないのです。私達は危機を解決できません。エゴイズムは私達の性質であり、それは私達を「破壊」します。

今日、外見上は前世紀の戦争の苦い経験から学んだにもかかわらず、世界は接続点を見つけていません。「黄金期」は終わり、解決策がありません。自然のように一体(インテグラル)にならなくてはならないことを皆が知っています。救済がユニティーにしかないこと、つまり一緒に問題に対処することです。ところが実際はヨーロッパにでさえこれはできません、外見的には共有地帯を作ったという事実にもかかわらず。

私達はエゴイスティックな性質を超越しないといけなく、実際にその適切なツールを持っています。そのあとになって初めて私達は、地球規模の全体的な問題を適切かつ全体的な方法で解決できるでしょう。お互いにつながった状態で。とにかく、私達の未来はこの点にあります。

今日、自然の統一された力に対する私達の対立が家族の減少や様々な争いとなって現れています。問題は私達が私達自身のエゴイズムに私達を支配させていることです。

そしてその中に歴史的必然性があるのです – 私達がエゴイズムの悪を認識しないといけないということです。そのあとになって初めて私達が私達自身を変えないといけない、問題は人間にある、私たち一人一人にある、全70億人にある、そしてそれ以外にはないという結論に達します。

したがって、私達に於ける共通の困難の課題を唯一乗り越えることによって、最悪な敵としてのエゴイズムに対する宣戦布告が、私達の統一と全く新しい世界の創造を許します。

未来の世界、国家、人々の形態を発見する正しい方法は、過去に戻ることなく昔の不満や苦情なしに行われる双方によるディスカッションです。どんな好戦的な人もこの理解に向かった全体的上昇に対して無力です。実に、真のユニティーは普段のエゴイズムのレベルより上にある力を与えるのです。

これが、2011年に米国がイスラエルで庶民を巻き込んで似たようなプロセスを始めようとした時に私達が働きかけた方法でした。

人々を開放する良い反エゴイズムの軍隊は、武器ではなくラウンドテーブルを使います。その円卓を囲むように例外なく全ての団体が座り、反エゴイズムの方法にしたがって問題を解決します。

私達はたった1つの世界で完全に相互連結しています。政治戦略や他のゲームを何回「プレイ」しても、私達の関係(つながり)は進展するのみで、人々と国家のさらに高くなる相互依存だけでなく、私達の環境に対する依存も示します。

実際に、私達は閉球の中に住んでおり、それはユニティーの原理を通じて私達の周りの至る所に変化をもたらします。しかし、私達のエゴイズムはこれに反対です。それどころか、私達を分け、文字通り引き裂くのです。それ故に今日、自然と私達の性質の間の対立が現れているのです。

その理由から自然は残酷な方法で私達を統合・統一に至らせているのです。20世紀の全歴史がこのことを証明しています。

今日、好き嫌いにかかわらず、保護貿易主義を掲げることはもう不可能です。よい関係(つながり)とは素晴らしいスローガンではなく、全研究と事実から生じる緊急性です。世界は一体です。そして私達は一体ではありません。よって私達には変わる必要があるのです。

[128304]

コールあるところエコーあり

質問:ヨーロッパにおける統一の力は、私達が来(きた)るアメリカのコンベンションで次のレベルに到達するために、どのような助けになるでしょうか?

答え:ヨーロッパとアメリカは互いに強く影響し合っています。しかし実際アメリカの危機はより小さく感じられます。アメリカには政府は一つ、力も一つ、誰かと交渉する必要はありません。彼らは欲することを何でもでき、実際そうしています。彼らはさらに1兆ドル刷ることを決めて、実際印刷しました。印刷機は回転し続けています。

ヨーロッパでは事態はより難しいものです。なぜなら全ての国々の協調が必要とされるからです。そういうわけでヨーロッパでは危機はより大きく感じられます。もしヨーロッパが統一してたなら、この危機も容易に処理できたことだと思います。まず、この場合、EU市民がエゴイズムを越えて統一しているため、この危機は速やかに鎮まっていたことでしょう。一般的に言って、ヨーロッパは今日のバビロンです。

しかし加えて、彼らはたった一つの解決法を採用し始めて、アメリカ人たちのように同じことができたかもしれません。危機の全体が拡がったのはただヨーロッパが分割されているからです。ベルギーのブリュッセル(EU拠点)から、ヨーロッパの一部が他のヨーロッパの部分に指示を出しますが、他の部分はこれを望みません。キプロスのニコシア(首都)では、議会が彼らの意思決定を受け入れることを拒絶しています。

これはどんな種類の結合でしょうか? 彼らは真に統一するか、または分解しなければならなくなるでしょう。

アメリカの状況は、彼らが単純に「我々には危機はない」と決心している観点で言えば、よりよいものです。彼らはこのように決めつけ、何事も起こらなかったかのように生活しています。しかし、もちろん後には全てが「崩壊」するでしょう。

From the European Convention in Germany 3/24/13, Lesson 6

発達したエゴイズムのレベルにおける欲求の「リセット」

質問:仕事場での良い関係が会社に対する従業員の忠誠心を高め、早死にのリスクさえも防ぐと統計は示します。しかし同僚たちは、争い合い、お互いに腹を立て、自分の立場を堅持し、自分の利益のために闘い続けています。何故これらの対立を中和することができないのですか?

答え:この20~30年間に現代世界が試みたすべてのこととは、どうにかして全体をつなげて1つの統一体にさせようという試みです。人々に優しさ、調和、協調の感覚を与え、チームをある共通の土台、共通の計画と解決策に至らせ、仕事に活気を与えるといった試みです。しかし、すべては無駄でした。

以前は、経営者が何らかのアイデアを「投げ」た時に、人々はワクワクしその人に従いましたが、今では誰も何も欲しくないのです。お金でさえも。

人々は「ゾンビ」のように仕事に来ます。その理由はただ単に明日のホームレスにならないよう、生計を立てなくてはならないからです。彼らはお互いに意思疎通を図ることができず、半分眠りながら仕事に時間を費やし、一日を終えて職場を後にします。

人々は働くことに対する愛好を失いました。彼らには目的がありません。熱意のある人も、熱意をそそげるものもありません。エゴイズム(利己主義)がまだ発達過程にあった以前のように新しいアイデアを生み出す社会集団はもはやなくなりました。

しかし現在はエゴイズムの進んだ段階の時であり、エゴイズムは完全体(総体)に成りつつあります。そしてこれが、かつてあった目的、満足感、興味が失われていることの理由なのです。今日ではそのどれ一つもありません。

これこそが、上司や経営者にとって従業員の関心を抱かせ続けることがとても難しいことの理由です。従業員はいやいや働かなくてはならないので、関心を抱くことはできません。従業員のモチベーションは年々、そして、日ごとに減少し退行し続けます。

人には何かをするモチベーションが少しもありません:何のために?-私は無理やり自分自身にムチを打って働いています。もちろん私は哀れな「ほんのわずかなお金」を喜んで受け取り続けて、それ以外のことには関心がありません。私には、生産、チーム、仕事そのもの、地位、または内なる呼び声なんかどうでもいいのです。人々は働くためのどんなモチベーションをも失ってしまいました。彼らは金銭的報酬さえにも関心がありません。

それはただ単に、私たちの内的な真の構成要素である欲求がとても深刻な「リセット」を経験しているためです。欲求が個人のものから集合的なものへと変化しつつあるのです。しかし、私たちは集合的な欲求を満たす方法を知りません。

さらに、私たちはこれらの欲求が集合的なのものであるとは気づいていません。しかし私たちはかつてないほどお互いに依存し合っていると感じ続け、その状況から逃れようとします。各々が各自の適所へと逃れるのです。人が自分に近づこうものなら、私は今すぐにでもその人を目で焼き殺す構えでいます。事前に私はその人を押しやる準備ができているのです。

こうしたことは至るところで問題となっています。しかし、それは私たちの責任ではありません。経営者たちはこのことを理解する必要があります。そして同時に、自分たち自身の内に存在しているこれらの問題と闘う必用もあります。

唯一の解決策は、会社の従業員にこの事態を説明し、統計を見せ、インテグラル養育の方法をある程度説明することです。私たちが人々をワークショップに参加させる時、人々は全く新しい欲求を発達させます:集合的で丸く、個人的でも直線状でもない、分離していない完全にそろった欲求です。そして、私たちはまったくの別人を手にします。

この人は自分自身とチームが1つの統一体であると認識します。彼は自分のチームに参加するときに自分が呼吸をし始め、目を開き、より明晰に考えることができ、聞こえ始め、すべてがより鋭くなることを見始めます-彼は目覚めるのです。彼は人生に活気があると感じ始めます。熱意があるのです。

一度私たちが、他者と一緒になることが、熱意と共通の人生と共通の満足が体験できる、新たな共通の集合した欲求を明らかにするのに必要であると説明するなら、人はチームへの依存にも関わらず、それを楽しいと感じます。その理由はこの依存が丸く、包括的であるためです。私たちは軽くて自由であると感じて、人生が喜びになり、まるで翼を持ったように高く舞い上がるので、全員にそれは必要なことなのです。

今日、こうしたことが世界中で最大の問題であるため、人々は喜んで何でもやる準備ができています。むなしさや空虚感そして空白感が原因で自殺、薬物依存(麻薬中毒)、うつ病、離婚、犯罪、テロ、そしてその他すべてのことが起きているのです。私たちには、自分たち自身から身を隠す場所などありません。人々に満足感を与えなさい。そうすれば、こうしたことはすべてなくなります。

私達の唯一の選択肢はユニティ(統合・和合)

特別号:イスラエル南部の出来事

私達の国は分断されています。イスラエル南部の人々は差別待遇されていると感じています。そして多くの人々が「南からの難民」を受け入れる意志を表明していますが、実際のところ、南部の人々が経験していることを全ての人が理解しているわけではありません。子供と大人の両方が、砲撃に上手く対処することは困難であることが分かっています。私達の社会はこの打撃を経験している人々に向けて現実的なサポートを提供しなければなりません。

全ての干渉の上には温かさと相互の共感があるべきです。ミサイルやお金は今日助けになりません。

超大国の膨大な資源の崩壊はまだ起きておりませんが、事実、私達はすべて同じ「小さな惑星」におり、同じ「勢力圏」におり、全てが相互接続してします。そのためグローバルなバランスなしには、ホメオスタシスなしには、私達は完全な崩壊へ達するでしょう。

しかしながら、今日でさえ、私達の間の相互保証によって、私達は世界全体に向けて(模範的な)例を示すことで、この危機を克服することを助けることができます。結局、この危機はテロや経済・財政危機のみでは終わりません。それは例えば大自然災害など、戦争よりも悪いものになりえます。今日、世界は痛切に、相互保証の原理を必要としています。それは私達の間に調和をもたらし、大自然との調和をもたらします。

ユニティ(統合・和合)は自然法則です。しかし私達はどこで、お互いに近づくための最初のステップを踏み出す力を見つけることができるのでしょうか? 今日のすべての「解決法」は崩壊を遅らせるための一時的な努力です。誰もがこのことをよく知っています。単純にいえば、つながること以外の選択肢はありません。イスラエルはそのことにおいて秀でた例になることができます。私達がまだ一つの国家とみなされず、私達の状態が「形成のプロセスにある」状態と見られていることは偶然ではありません。これは実際に真実です。なぜなら私達はまだ一つの統合された国家ではないからです。私達はまだ、遥か昔に与えられた条件を満たしておりません。全ては私達の手の中にあります。

世界の全ての恐怖を吸収する

現在の世界状況は、我々が感じて、見て、そして知っているよりもずっと悪いです。確かに我々がそれについて話さないのは、政治家たちや経済学者らがパニックを引き起こしたくないからです。彼らには危機についての問題の解決策がありません。彼らには解決策がなく、どうあがいても仕方がありません。なぜ無駄に慌てるべきなのでしょうか?  彼らは正しいです。

しかし我々は、飢え、干ばつ、寒さ、ショック、そして現在あらゆる面から近づきつつある予期せぬ出来事に対する恐怖に陥っている人々に提供する必要があります。我々は世界における全ての動物的な恐怖、つまり生き延びることの恐怖を吸収しようと努力すべきです。それらはあの力、すなわち包む光(オアー・マキフ)を引き寄せて明かすことの手助けになります。包む光は我々を通り抜け、世界へと行き渡り、あらゆることが沈静化するでしょう。全ての国々、社会、そして人々は交流し始めるでしょう。なぜなら彼らはこれが世界を均衡にもたらす唯一の方法であると理解するからです。つまり、自然における無生物でも植物でも動物でもなく、唯一人間だけが調和を乱していて、人間の利己的な行為が他のすべての妨げになっているということです。

我々には不安が欠けています。内面的ヒステリーに欠けています。それがあれば、より簡単でしょう。

我々の問題は、我々がこの世から切り離されていて、より高い場所のどこかで静かな片隅を見つけようとしていることです。これはよくありません。そうではなく我々は、一方でゴールの重要性、他方で内面的な恐怖といった精神状態を見つけるべきです。なぜならこれらだけが、我々のエゴイズムをかきたてるからです。恐怖とゴールの重要性は、我々を後ろから押し(恐怖)、 前へ引き寄せる(ゴールの重要性)二つの大きな力です。それらは我々が1つになることを助けます。

我々は危機に関連して発生する世界の否定的な感情のすべてを世界から吸収し、それを我々の発達の力に変えようと試みるために、我々自身にプレッシャーをかけるべきです。実際、発達は「否定の否定」という法則に従って生じます。我々がいくらか通常に感じるまでは、次の状態には達しないでしょう。苦しみ、または、ゴールの重要性だけが、それが自分に無くて苦しむ時、我々を前方に進ませます。

苦しみには二種類あります:感情の欠如による苦しみと満たされていない愛からくる苦しみです。

From the Preliminary Lesson 8/16/12, Kharkov Convention “Uniting to Ascend”

未来社会の経済

質問:未来社会の経済がどのようなものになるべきか、我々が至る必要がある状況の一例を示してください?

答え:これはとても簡単なことです。そして、この点には考えることが本当に沢山あります。初めに、我々はより抽象的なコミュニケーションと定義に近づくことを徐々に助けてくれる実際にあるものを持っていく必要があります。

我々の経済が深刻な危機に瀕していることが見られます。それは「収縮」して妥当な消費経済にならなくてはなりません。望もうと望むまいとこれは起きるでしょう。もし我々がそれを本当に望むなら、我々は徐々に消費を制限し、自分たち自身を過剰消費や必要のないものから解放し始めるでしょう。

最初は全ての広告を排除するでしょう。人生を楽にする普通なものがここにあると人々が知るために、広告ではなく、人々が必要とする妥当で有益なものの告知があるべきです。

現在でさえどんな国や社会にも、全ての人が自身を養うのに必要な消費のバスケット(まとめたもの)があります。たとえば食料、医療、なくてはならない付属品など。このようなバスケットも維持しなくてはなりませんが、それは最小量のものというのではなく、標準的で妥当に生活するために必要な幅のある消費のバスケットです。その他の生産は全て制限される必要があります。

まず第一に、不必要な生産を徐々に制限することによって、我々は豊富なエネルギーを受け取ります。それはとても良いことです。なぜそれを無駄にするのでしょうか? 我々は豊富な天然資源を持つことになるのです。それらを我々の子供たちと孫たちに残しましょう。言い換えると、我々は実際的に全人類に服、食べ物、そして設備を妥当な程度与えることができるというところまで行き着くでしょう。

これが我々が徐々に至らなくてはならない未来の経済です。言い換えると、一方で過剰消費の収縮、そしてもう一方で全人類を普通の生活水準まで引き上げることです。このレベルを達成することが我々の最初の目的です。このようにして、我々は肉体的な暮らしの面倒を見ます。それが全ての人にとって平等であることを確実にしながら。

人々の中に引き起こさなくてはならない心理的な革命を想像してください。しかし、これは人々のインテグラルな養育(しつけ)なしには不可能です。我々は経済に対処する前に、次なるレベルに上がる必要性を人々に示す必要があります。我々が社会を形成するこの次なるレベル ―人間レベル・人・アダムと呼ばれるもの― は我々が妥当な消費水準にまで自発的に下降することを決定します。

我々はこれに向かって段階的に移行するプログラムを作る必要があります。なぜなら最も重要なことは最終的な結果ではなく、複数の段階から成る、順調な(なめらかな)な移行であるためです。この際、同時にインテグラル養育、インテグラル教育、不必要な生産の段階的減少、そして全住民に対するインテグラル養育と教育の提供が徐々に増えることがなくてはなりません。言い換えると、教育業務をするために全てのマスメディアを構造改革することです。人類が自分たち自身を変えることに専念するとき、それは巨大な世界的な機械に似ています。

最後に、人類は自分自身のことで夢中になりますが、それは自分が10億より多く持っている、あるいは、自分の方が強いと示して誰かに屈辱を与えるなど、隣人の前で目立とうとすることではなくて、インテグレーション(統合・調和・融合)を達成するという目的があるのです。

From a “Talk on Integral Upbringing” 2/29/12

友情の年

新聞記事BBC Newsから):「日本語の「Kizuna(絆)」という単語は、人と人との結びつき、またはつながりを意味し、日本の2011年の漢字に選ばれました。

漢字または中国の象形文字である「絆」は、その年の世相を表す漢字として公募により最も多い票を獲得しました。

日本にとって2011年は、3月に起きた地震と津波の話題で持ち切りでした。その大災害は結果として、助け合う日本人の数を過去に類をみない程にまで至らしめました。

4月に当時の菅直人首相は『Kizuna – the Bonds of Friendship』というタイトルの手紙で世界の援助に対して感謝の意を述べました。」

マヤの暦の宿命的な日付まで

新聞記事News Junkie Postから):“様々な悲観的な予言や、あるいは黙示録(Apocalypse)でさえもが2012年に関連づけられています。 黙示録(語源はギリシャ語の「ベールを取り払うこと」または「啓示」)は、すべての終わりとしてよく誤って見なされますが、もちろんその語源そのものがこの考えを否定しています。 強烈な啓示としての黙示録は、全世界の決定的な時であり未知の領域への大飛躍です。 人類の歴史におけるこの特別な段階に世界全体がすでに入ったように思えます。

“マヤ人は2012年12月21日の宿命的な日付を「世界の終わり」と見なしませんでした。しかしそれどころか、彼らはそれを一つの世界時代からもう一つの世界時代への移行の時期であると考えました。 マヤ人の中心的メッセージは、我々の選択能力に関わることでした。それは我々が勇敢にこの新しい未来を受け入れるのか、または過去にしがみつき、起こりうる恐ろしい結果に直面するのかという選択です。 マヤ人によると、この移行が混乱と暴力的な激変で起こるのか、それとも平和と静穏で起こるのかは、このパラダイム・シフトに対する我々の抵抗または受け入れによって決まるということです。

“「マヤの暦の終わりが意識の変化をもたらすという直観が多くの人にあります。 それでも、何がそのような変化の根源であるのか、それがどのように起きて、その性質がどのようなものなのかは、はっきり述べられることも説明されることもめったにありません。」とCarl Johan Callemanが2010年3月に書きました。

“「最初は、コンシャス・コンバージェンス(意識の一点への集合:一体意識)のための呼びかけを広めるイニシアチブを取る人々の要求が、世界中で強まるでしょう。」とCallemanは書きました。

“意識の変化またはコンシャス・コンバージェンスとCallemanが説明するパラダイム・シフトは、どちらもすでに起こりつつあります。 歴史の列車は「駅を出ました」。そして実のところ、それは超特急列車なのです。 この世界的な人類の歴史のパラダイム・シフトは、アラブ世界で2011年の春に始まりました。 … しかし、アラブ革命の一連の出来事は、マヤの予言や他の水晶玉のどちらにも言及することなく、非常に予想出来るものでした。

“アラブの春以来、「占拠」運動(Occupy Movement)は注目に値する適応性と回復力を示し、今やそれはウイルスのように広まっています。それは 西ヨーロッパのギリシャ、イギリス、スペイン、イタリア、フランス、そしてドイツに広まりました。 しかし、さらに重要なことに、それは帝国主義の砦である米国でも今や侮れない力なのです。 「占拠」運動が米国で多大な牽引力を得ている主な理由は、米国勢調査局の新しいデータによるところ、アメリカ人のほぼ2人に1人が貧困に陥ったか、低い収入で苦労しているということにあります。

“「占拠」パラダイム・シフトは、超自然的な「起こるべくして起こった」勢力や奇妙な占星術的現象ではなく、公正さ、平等、そして社会的正義などの飾り気のない原理に基づく平凡な運動です。それは世界人口の99%の人々が資源を制御して自身の事柄を管理すべきであり、世界人口の1%の人々に我々をどん底へと楽しげに連れて行くといった容認できないやり方で世界を運営させるべきではないという信念に基づく運動です。

“金融界における暴君や独裁者や寡頭政治の支配者や「超空の覇者」は、99パーセントに通告されました。 彼らが抵抗するならば、ゆくゆくは「占拠」運動の津波が彼らを打倒するか、彼らの権力と豊富を完全に剥奪するでしょう。 それは時間の問題であり、結局のところ、マヤの暦の終わりまでに一年間しか残っていません。世界占拠運動(Global Occupy movement)がおそらく一番の頼みの綱です。それは99パーセントとしてではなく人間として、固く決心して我々の方向を変え、「食うか食われるか」の文明がはびこることのない世界を奨励することです。 公正さ、正義、そして世界人権宣言の尊敬に基づく生活様式です。”

仕事の奴隷

21世紀になり、世界は大いに変化しました。かつて人々はより自由でした。人々は仕事の渦の中に飲み込まれ、奴隷になったのです。これは、中流階級、ハイテク産業の従業員、政治家、経済学者、政治学者、社会学者、そして、全ての職業の人々にでさえ当てはまることです。働く人の全員は、完全に仕事に売られています。私たちは奴隷になったのです。

私たちの人生のすべては仕事を中心に回っています。現代人は、食事を取ることや、テレビの前に座りながら休むことにあまり時間を費やしません。現代人は時間のほとんどを仕事で浪費し、通勤に一、二時間、時間を無駄にします。このようにして現代人は仕事をし、丸一日を過ごすのです。

会社は自社のデイケア・センターや集団静養を手配してくれます。会社はあらゆる手を尽くし、従業員を職場にさらに強く所属させます。このようにして人は会社の奴隷になってしまうのです。その人は仕事以外に何か他のものがあることを理解することさえもしません。仕事が人生で最も重要なものになり、人生を完全に埋め尽くすのです。

私たちが知り合いに会う時に最初に尋ねることは、どこで働いているのか、何をしているのか、そして、どれぐらい稼いでいるのかといったことです。基本的に、私たちは知り合いを人としてではなく、職業人として扱います。それはあたかも私たちが自分たちの目の前に人を見ないかのようです。私たちは、その人が何に興味を持っているのか、何を見たことがあるのか、何を体験したことがあるのか、あるいは、どこに行ったことがあるのかとは尋ねません。それはまるでその人の職場が私たちにとってその人よりも重要であるかのようです。最も重要なことが勤めている場所と仕事の内容なのです。

人の主な心配とは、首にならないようにすることと、違う仕事を見つけることができるのかどうかということです。会社は従業員を職業訓練に送ります。すべては仕事だけを中心に回ります。人はこのことに少なくとも1日10時間は費やしています。これは全く健康的なライフスタイルではありません。

私たちは私たちの基盤を破壊しています。私たちの住んでいる地球、すべての天然資源、そして、生態環境。私たちは遊びながら時がたつのを忘れた子供のようです。今や、私たちの母は私たちを止める必要があります。彼女はゲームを止めに来たのです。そして、私たちに他のことをする時が来たことを伝えています。しかし、私たちはやめることができないでいます。

From the Talk “Lessons on the New World” 12/1/2011