Entries in the 'カバラ・スタディ' Category

授与するために受け取ること

thumbs_Laitman_712_03質問:私は普通の人間であり、ただ自分のために受け取りたいだけです。 「授与するために受け取ること」とはどういう意味ですか?

答え:確かに、普通の人は自分自身のためだけに受け取っています。しかし、カバラの知恵は、私たちの進化的発展の結果として、自分自身のために受け取ることが機能しなくなると言っています。

今日、世界は成熟し、円(サークル)になってきているため、単に自分自身のために受け取ることはもはや不可能な状態にあります。「獣」のレベルに落ちる時、私たちは自分自身に盗みを働いていることを知っています。

私たちは、肉体的存在の境界の外側にある人生の意味に到達することはできません。

この人生において、私たちはあらゆる種類の技術的な「おもちゃ」やファッション、そして人間社会がどうにかしてその存在を満たすために生産するこのようなことのすべてで遊んでいますが、実際は完全に空です。もし人がそれらに費やすエネルギー、力、苦しみと比べて人生で得る喜びの量を計算するならば、生きていない方が好ましいと気づくでしょう。

私たちは、人生において完全に異なる計算があることを理解しなければなりません。それは、自分の意志に反して生きるために私たちが創られたのではない、ということです。もし、私たちがその意味を発見するならば、私たちはこの世でも幸せになることができ、また、境界の外側でも無限に生きることができると気づくでしょう。

この幸福に到達するための方法はカバラの知恵と呼ばれています。それは、私たちの肉体が存在する限りの、一時的な地上での命からだけでなく、肉体を越えた、永遠の命における真の喜びに到達する方法の知恵であり、私たちはそれをこの世にいる間に獲得することができるのです。これが授与するために受け取ることと呼ばれるものです。この状態において、私は私の肉体の外に存在し続けるのです。

[197476]

From KabTV’s “News with Michael Laitman” 11/9/16

カバリストの感覚のなかに入る

質問:ページをまたいで目を動かして次ページにいくことでテキストを読む人たちがいます。彼らはテキストの詳細は掴んではいませんが、そのテキストの最重要点と本筋について正確に話すことができます。このような読み方は、カバラの文献のその本質へと深く入っていく方法と同様のものですか?

答え:いいえ、カバラの叡智において、私たちはこの方法を使いません。あなたはインターネットで見かける、人がいかにページ全体を読むかを学ぶ特別な方法について話しています。

しかしカバラの叡智が伝えているものは、その内容に関して話す方法を学ぶことではありません。

それどころか人は、文章の冒頭や真ん中に何度も繰り返し戻りながら「行ったり来たり」してテキストを書いた人物とつながろうと試み、彼が書いたことを感じ、彼の感覚に入り、彼と一緒にテキストの中を流れるように、ゆっくりと読まなければなりません。

スピードはここでは何も意味をなしません。つまりもし私が全ての文章を繰り返し何度も、最低でも2回、読まなかったり、後でその節の初めに戻ったりもしないのであれば、私はそれを感じてはいないということです。

質問:あなたはすでにこれらの文章を個人的に少なくとも150から200回読んでいるのですよね。そのことで、規則的に繰り返される変化があなたに起こるのですか? その度に自分が新しくなると感じるのですか?

答え:もちろんです! レッスン前に、私はテキストを読むことに従事しており、レッスン後はさらなる前進のためにそれを熟考する必要があります。そして、それは私にとって全く違うものにすら見えるでしょう。

質問:テキストと共に進む作業を楽しんでいるのですか?

答え:人生において、自分に入ってくる感覚ほど楽しいものはありません。全ての文章の内的な意味を通して吸収されるロジックは、クリエーターに近づく感覚や、世界の全体像、そしてその構造を明らかにしてくれるのです!

[181322]
From the Kabbalah Lesson in Russian 2/7/16

どのようにカバラの叡智をつかむのか

質問:通常の科学では、人はその知性を通した論理的方法ですべてに辿り着きます。カバラの叡智では、人は物質的なイメージを作ることなく、すべてを感覚で獲得しなければならないと言われています。私たちは学び始めの段階で、どのようにカバラの知恵をつかみ、科学で通常行われているように図や定義、情報を記憶して、心の論理的回路を創るのでしょうか。

答え:『10のセフィロトの研究の序論』の第155節では、これらの本を読む間、生徒たちは目覚め始め、彼らに特定の光が絶え間なく降り注ぎ始めるので、そのために、カバリストはそれらの書物を記したと言われています。

彼らは何も理解する必要がなく、また彼らはまだ何も明かしていないので、理解することができません。しかしながら上層の光を引き寄せることを通して、彼らは徐々に変わり始めます。これらの変化は、N次元空間における縦10横10奥行き10のハチの巣の穴のように、様々な獲得の要素をそれらのなかに形成します。そして感覚ごとにこのような蜂の巣が620個存在します。

これは人の魂、魂と呼ばれる彼の真の獲得の構成要素に関する、とても重要で興味深い心理学的システムです。「私はどこにいるのか?」「私は誰なのか?」「誰が私を創ったのか?」ということを明らかにするため、自分の根源を獲得するべく、人間は確実に進んでいきます。その途上で、彼自身が含まれている創造の計画を研究、調査するために、彼はいかに行動するべきかを明らにします。それは彼をどこへ導いているのでしょうか? 彼は可能な限り最善の方法でそれを深く理解し、彼の進化を加速させ、その最終地点を変化させるなど、それらのことができるでしょうか。つまり、未来の研究、調査は今ここで起こっていると言えます。人が彼のなかに起こる全ての変化の連鎖を理解し始めるその時、彼はカバリストになるのです。

[182811]
From the Kabbalah Lesson in Russian 2/28/16

カバラの叡智の類いまれな素晴らしさ

カバラの叡智と自然科学を比べるとき、私たちは多くの類似点と相違点を発見します。カバラでは「目に見えるものしか判断することはできない」と言われています。これは完全に科学的なアプローチであるため、物質的科学とスピリチュアル的科学の両方に全く同じ方法でアプローチする必要があり、それはつまりカバラの叡智に従う必要があるということです。

一般の科学が用いるものは全て、カバラの叡智でもよくある典型的なものです。それは到達、統計データの再現性、グラフなどです。カバラの叡智はやみくもな信仰ではなく、到達です。カバラの叡智によれば、信仰とは上層世界の感覚であり、世界を満たし、聡明に動かしている力の感覚です。これがまたカバラの叡智と他の科学との違いであり、他の科学では霊的に動きのない世界とみなされる段階で、上層の力の結果のみを知覚しています。

カバラの叡智はこの世界の一般の人々が、感じないかもしくは気づいていない真の支配する力を探求しています。そのためには、この力に類似した同様の特性を獲得する必要があります。形態の同等性における自然界の法則では、人は彼の感覚に一致したもののみを感じることができます。その時だけ、彼はただ唯一の上層の自然の力を探求することができるのです。

カバリストたちは自分たちの研究を、データやスケッチ、グラフなどで記録し処理します。彼らはまた、ヘブライ語のアルファベットは、様々なつながりを伝える信号であり、ポジティブとネガティブという2つの自然の力を結ぶ特別なシンボルでできていると主張します。

実際、ヘブライ語とアラム語は互いに互いを補完し、与えることと受けとることという2つの自然の特質を研究した結果として現れています。それらはポジティブとネガティブなど、この世界のすべての動きと現象の根底にあるものです。

カバラの叡智は主に根本的な自然の力の獲得を目的としているので、それはより正確で、より広大で、他の全ての科学よりもはるかに深遠です。これは普遍的な智恵なのです。

これは古代哲学者や中世の哲学者、科学者、そしてカバリストによっても述べられています。さらに、最近出版されたニュートンの日記によると、彼はヘブライ語とカバラを勉強して、そこから彼が書いた法則を突きとめました。

カバラの智恵の類いまれなところは、私たちがすでに定義している感覚を使って自然を研究する物質的な科学とは違い、人がさらなる新しい感覚を創造することを求めるところにあります。カバラはその人自身のなかにさらなる感覚を発達させる人のための科学なのです。

自然のなかには授与の力、相互的なつながりの力がありますが、それを知覚する内的なセンサーやレシ—バーを持っていないため、私達はそれらに気づくことができません。私たちが知っているのは創造のほんの一部のみで、それもかなり一方的なものです。

カバラの叡智は、受け取りという1つの力がある私たちの世界についてだけではなく、2つの力で作られた創造の全てについて私たちへ伝える科学です。2つの力とは、与える力と受け取る力のことです。科学者は今のところこれを理解せず、そのほんのわずかしか認めていません。問題は小さなエゴの力に仕えるという人の心ではなく、全創造を感じる必要性であり、それが私たちの範囲内で明かされたのです。

実際この必要性が人を前に押し進めるのです。人は、自分が人生の意味やその理由、その根源、そして目的に到達しなければならないと理解します。それらなしでは、人生の意味はありません。

科学者は人間の状態での獲得について述べていますが、一方でカバラの叡智はその根源について私たちに伝えています。何が人を操っているのか、なぜ、何のために、何に向かっているのか。また同時に、私たちは上層の力に類似する範囲においてのみそれを研究することができるので、カバラは私たちが内面を変える必要があると説明しています。

そして最も重要なのは、なぜカバラを勉強するのかということです。これは大きな障害でもあります。他者をケアすること、他者の利益のために他者を助けること、カバリストはこれらのために研究しています。これは原則として、一般の科学では扱いません。一般の科学は何が存在するかを研究しており、それをどのように適用するのかには興味がありません。カバラは自分たちが欲する方法で科学的成果をねじまげる政治家や富裕層へその働きを提供します。カバリストは彼の中の世界を研究し変化させますが、一方、政治家や富裕層はその使い方を知らないのです。

[182184]
From the Kabbalah Lesson in Russian 2/28/16

ゾハールを理解する鍵

もし私達がゾハールの書を理解したいなら、私達の間の関係をイメージしなければなりません。つまり私達の行為と努力に従って、どのようにつながりの強度が高まったり弱まったりするかということです。
私達を一緒に結びつけるネットワークについて、TES(タルムード・エセル・セフィロート)の中に詳細に記述されています。ケテル、ホフマー、ビナー、ゼイール・アンピンそしてマルフート。またはアティックのパルツフィーム、ケテルであるアリフ・アンピン、アッバとイマそれはホフマーとビナーです。そしてゾーン、それはゼイール・アンピンとマルフートです。

私達はこのネットワークによりつながっています。このネットワークが明らかになればなるほど、私達はより高く昇ります。明らかになることが少なければ少ないほど、私達は下降します。このように私達は(世界を)操作しています。

それで、私達の仕事の全ては、私達がその中に存在している、この10のセフィロートとの可能な限り強いつながりを喚起することです。そのとき、一人一人が自分自身を、これら10セフィロート全てを操作するマルフートとして見るでしょう。それは各セフィロート全てが最終的な形、エイン・ソーフ(無限)世界における形を採るまで続きます。

それで、TESと、特にゾハールの書は、私達に次のことを見させるために書かれました。それは私達が上層システムのマルフートの中にいるということです。その地点から、私達はシステム全体を呼び起こすことを望みます。

私達は一つのネットワークの部分であり、このネットワークに刺激を与えなければなりません。そうすると各自が印象を受けて他者を感じるようになるでしょう。それと同時に、このシステム全体の操作方法を調査し理解することもできるようになるでしょう。

From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 6/02/13, “The Book of Zohar, Introduction”

新たな夜明けはその前日によって決まる

質問:私はレッスンの間にゴールの偉大さ(重要性)の認識が自分に欠けていると感じます。どうすればよいですか。

答え:全体的に見て、人には1つのことだけが欠けています:グループによってのみもたらされる正しい目覚め・気付きです。そのことについてあなたは何をしましたか? 友達に助けを求める手紙を送りましたか? 彼らにそれぞれ好きなプレゼントをあげましたか? あなたは友達の注意を引き起こさなくてはならないのです。彼らがあなたのことを考えれるように、あなたがゴールの偉大さを理解しているのか彼らが心配できるように、彼らがあなたのことを忘れることなく祈れるように・・・彼らに賄賂として何かを与えなさい!

レッスンの間に堕落を正すことは既に遅すぎます。あなたは準備したものを使うのです。すべての準備はレッスンの前にします。昼間が夕方になり、夕方が夜になり、人は気が付くと暗闇のなかで混乱して理解が欠けています。そしてその後に、その人は光に会う準備をします。その人は真夜中から自分の器(願望・欲求)の用意をすることによって光に向かって突進します。その人はクリエーターに自分の依頼を掲げた後に、用意ができている荷をもってレッスンに来ます。その人は持っている全てのものをスタディにつなげるのです。

従って、スタディの時間は既に日中に起きた出来事の結果なのです。準備をして下さい。このことに関して重要に思えるものについて考えて下さい。しかし忘れないで下さい: あなたがレッスンの間に行うすべてのことは、レッスン前の行為や活動の結果であるということを。それを確認してください。そうすれば、それが本当にそうであることが分かるでしょう。レッスン前の朝に目覚める瞬間、そして、レッスンそれ自体の間に、あなたはその前日に自分自身を満たしたものに取り組むのです。全ては昨日の準備によって決まります。

From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 2/6/13, “A Speech for the Completion of The Zohar

値段の付けられない科学

バール・ハスラム「パニーム・メイロート・ウ・マシュビロート(歓迎と光照の啓示)の書の序論」p5:これがそうであるのは、もはや、自分の利点・価値を維持できなくなり、市場でこの「知恵」を取引することになるかもしれない、という恐れがないからである。群衆の中に、それを市場で買う者はいない。この知恵は、見返りとして名誉も本能的欲望も満たされないため、彼らの眼にはとても忌々(いまいま)しいものと映る。

それ故、(知恵の世界に)入りたいと望むすべての人は、来て入ることができる。そこには多くの放浪の旅路があり、知識はそれに相応しい人々の間で増すだろう。そしてそれによって、私達は速やかにメシアの到来という報いを受けるであろう。そして我々の時代において、速やかに魂の救済があるだろう。アーメン。

何世代にも渡って、カバラの科学は神秘主義と考えられてきました。タロットカード、祝福と呪い、黒魔術、精霊・亡霊、悪魔など、およそ人間の想像力の及ぶもの全てが、カバラと見なされてきました。何世紀もの間、人々は、これらの道具が、人に世界を支配する力を与え、勝利すること、富栄えること、優位を占めること等をもたらすと信じていました。それで、多くの人々が、おそらくそこに隠れているはずの、この超自然的な力を知り、理解し、習得することを欲しました。誰もが成功し他者に抜きん出ることを夢見ています。それは明らかです。

そのような訳で、カバラの知恵は、そのようなものとして扱われてきました。「ユダヤ人は力を与える秘密の知恵を所有している...」という言説や、フリーメイソン及びあらゆる種類のセクト(党派)の存在など、沢山の発明・創案がありました。しかしカバリストは真実を隠してきました。そのため、本当はカバラの本質とは、人々のユニティ(統一・和合)の科学であることを誰も知りませんでした。

今日、私達がカバラの科学をより理解するに従って、人類は次第にその神秘のオーラに別れを告げることになり、結果として、もはやそれを必要としなくなっています。「なぜ私にそれが必要なんだい?統合?私が期待しているのは、奇術や占いや、取引の成功や、全ての病気を治す薬や、奇跡を起こすことなんだ。でも、人々の統合だなんて、自分の胸にでもしまっておいてくれ。たとえ君がお金を出すと言ったって、私はそんなもの必要としていないよ。」

そうして、人々はこの知恵を拒絶します。ここに真実が現れています。なぜなら私達のエゴイズムは実際、この統一の科学を拒絶し、受け入れません。これは自然な態度です。人は他者を避け、統一のニュースを軽蔑し、それを何かむかむかさせるようなものとして憎み、蔑みます。しかしそれから彼は、他に選択肢がないことが分かってきます。彼は様々な要因によってその方向に導かれるようになります。その要因とは、私達の普及活動であり、様々な問題であり、現在の危機を脱することは統一を通してのみ可能である、という理解です。

「しかし、どのようにしてそれが可能なのか?どこで私達はその力を得ることができるのか?行動の手順は何か?」まさにその疑問が起きるとき、人々はカバラの科学を、本来の正しい真実のかたちである、統一の知恵として明らかにしてゆくでしょう。

この科学に結びついた革命は、今日起こらなければなりません。そして私達はその展開のペースを加速させなければなりません。そして現在のカバラに対する一般的な軽視は、むしろ(正統な)カバラを守るものであるため、真に統一を願い努力を捧げる者達だけが、各々の能力に従って、カバラに向かい関わってくるようになります。そのようにして、カバラの周りに外的なサークルが形作られます。

From the 4th part of the Daily Kabbalah Lesson 9/20/12, “Introduction to the Book, Panim  Meirot  uMsbirot”