マクソムを渡る
Posted on 7月 28th, 2010 は 20:20
受けた質問:“マクソムを渡る”とはどういう意味ですか?
私の答え:マクソム(私たちを霊性から隔てている障壁)を渡るということは内側の現実を感じるということです。“ハートの点”が現れ、最小限の“量”(10個のセフィロート)を得るのです。これらのセフィロートの中で私は新しい現実を知覚し、そして感じるのです。私は光がどう自分に入り、出ていくのかを感じ、様々な感覚を引き起こすのです。それは意識と理解の中の最小の変化に始まりますが、私は“内側”で何が起こっているのかを見ることが出来るのです。この世界については、私はそれを新しい(霊的)世界の背景に見始めるのです。
そのような存在の二重性は障害になりません。反対に、それは私に二つの世界、枝と根の関係を感じさせ、理解させてくれるのです。自分のハートの点の内側にて、私は様々な行為、それがどれほど小さくても関係なしに感じます。私は未だ、光が入り、出て行くという意味を理解出来ませんが、私は何かが繰り返しに来て去ることを感じます。私は未だ正確に何が起こっているのかを理解しないのです。感じはするけれど、何が起こっているのか分からない新生児のように。
ライトが点いたり、消えたりしていると仮定してみましょう。新生児はそれが光と闇と呼ばれることを知らず、ただある現象を観察するのです。私にしてみれば、光が入り、出て行くにつれ、それは上層の世界の感覚を与え(光が入るにつれ)、そして私たちの世界はそれの単なる痕跡なのです(光が出て行くにつれ)。更に、私は類似した特質を発達させる自身の能力の度合いまで、その中で一層適応し始めるのです。
From Mega Congress Lesson 5, 7/25/10
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