Entries in the '' Category

私自身への聖なる扉の鍵

私達は『ゾハールの書』の中にどのような力が隠れているのか理解する必要があります。それは私達に与えられた道具または救済手段です世界に1つしかない霊的で物質的な革命を生じさせるインストルメントです。もしその重要性を理解するなら、私達はその援助を借りて、私達自身と現実を変革することができるでしょう。そして、個人と私達全員の両方における運命に影響を及ぼせるでしょう。

このすべては私達の掌中にあります。この書物は人類を支配している力のシステムを明らかにする鍵なのです。私達は聖なる扉―スピリチュアル・システムへの入り口―を開くために、この鍵の使い方をただ学べさえすればよいのです。そうすればその鍵がそれを開けてくれます!

『ゾハールの書』に書いてあるどの言葉も、私達一人一人の内面に存在しているものであると理解されなくてはなりません。その文章は私達の内なる世界についてのみ書かれているのです。私が「ファラオのところへ行こう」という句を読むとき、クリエーター、モーゼ、私がすべて合わせて自分の内面に存在していると想像しなくてはなりません。私には“そこに行く”という意味を感じとる必要があります―私が近づこうとしている“ファラオ”または“邪悪な性癖”と呼ばれている願望または特質は何なのかということです。そしてこれを行うのを助ける力がクリエーターと呼ばれるものです。

私はファラオのところへ直接は行けません。なぜなら、彼が如何に偉大で、如何に自分を支配しているのかが見えるからです。クリエーター(または、右線、与えること、トーラー、上層の光)をしっかりつかみ続けることだけが、自分の内面にある左線(悪意、エゴイズム、利己心)に近づくのを可能にさせます。そして、それを消滅(及び抑制)させることなく、私はその力から解放されてその上に昇ることができるのです。

そうすればその邪悪な力を善い力に逆転させ、悪意ではなく善意が自分を支配することになるでしょう。『ゾハールの書』を勉強すること以外に、このすべてを可能にするものはありません。そのなかにある言葉の各々は、自分のなかにある特質、力、それらの関係性、自分が経ている過程を描写しています。

私はこのすべてが自分の魂の一部であると想像しなくてはなりません。私は自分自身の内部、霊的な構造を勉強しているというように。これを行う自分の努力が改善させる上層の光を引き寄せて、善良(Goodness)に近づけさせまるでしょう。

よって、心とマインドのなかにこれらの大きな願望を抱きながら『ゾハールの書』を読みましょう。