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ネガティブをポジティブにする

カバラの道を歩みはじめるとき、現実に対する私達の知覚が、内面の世界と外面の世界に分かれていることを徐々に理解するようになります。その外面の世界または外側の世界は自分たちと無関係であるように見えます。私達はその結果、例えば自分の子供を見る母親のように、外側の世界に対して優しい目を持ってすべてがすばらしいとは見ません。

しかし実際には、私達が二重の知覚をもつように創造されたことは有益であり、私達に自分たちのエゴイズムを外側に在るものとして扱かえるようにさせます。こうして、私達のエゴイズムに関連する過ちと堕落を、私達は知るようになり、突然それすべてが私達の内側にあるものと認識します。私達の外側で見られるすべての悪が、実は私達自身のものであると実感することは、本当に驚くべきことです。なぜなら、それは私達の焦点を、外側を是正しようとすることから、私達自身を是正したいと思うことへと、向けなおさせるからです。

この二重の知覚は、“無から”発生した創造の点と、光との間にある最初の対立から起こります。この対立が私達の知覚を二つの部分-内部と外部-に分裂させるのです。言い換えると、私達は自分たちを(あたかもそれが自分たちではないように)外側から見ているのです。そしてすべてを自分たちの内側で吸収するのです。しかし、自分たちの外側にあるものとして知覚された憎しみと悪が、実は私達自身のものであると認めるとき、私達はそれを魂の最も小さな閃き(心の中の点)に繋げ、その結果、クリ(Kli-器・容器)が是正されます。

それはネガをポジにする写真の現像と似ています。私達の見解を変えるほかに必要なことはありません。そしてこれによって、私達は“反射される光(the Reflected Light)”と呼ばれるものの中にすべてのものを見始めます。

私達の知覚は、音、味、視覚的映像、におい、そして他の身体的センサーを用いて造られます。さらに、私達の知覚は、食べ物、セックス、お金、権力、そして知識にたいする欲望のレベルも明示します。これらは私達の内側で明らかにしなければならない“外的な充足”です。したがって、私達のケリム(Kelim-Kliの複数形)だけでなく、光に対しても同じ原理を応用することができます。今のところ、これを理解することは困難ですが、スピリチュアリティーを感じはじめるにしたがって、このように世界を感じることができます。そうすればすべてが明白になります。