アダムは人物か、それともスピリチュアル的なレベルか?

質問:アダムは最初のカバリストなのでしょうか、それともスピリチュアル的な到達のレベルなのでしょうか?

答え:アダムは、私たちが習得し、是正し、それに自分たちを結合させるべき、スピリチュアルのシステムのことです。

また、5782年前にこのシステムに最初に到達した人がいました。彼の名前もアダムでした。彼の両親がその名前を付けたのは偶然ではありませんでした。自然界に偶然はありません。彼は『天使ラジエルの書』という本を書きました。これは、今日でも書店で購入することができます。

質問:5782年前というのは、アダムの肉体的な誕生の年でしょうか、それとも彼のスピリチュアル的な誕生の年でしょうか?

答え:それは、彼が上層世界に到達し、人間(アダム)になった年です。

質問:すべてのカバリストたちがそのことに同意していますか?

答え:議論する理由はありません。上層世界に到達した人は誰でもそれを見て感じます。私たちは、そうであることを発見できる特性を、ただ取得しなければならないというだけです。

質問:スピリチュアルの世界に到達した人々は、アダム・ハリションのシステムだけでなく、この人物が存在したことも知るようになれる、ということですか?

答え:スピリチュアルのシステムを明らかにすることにより、その過程で、あなたはこれまでの全カバリストの一部になります。ある程度、あなたは自分自身を彼らの中に含め、彼らが言ったことや彼らがどのように勉強したか、彼らがそのシステムをどのように理解したかを理解し、感じさえします。それは彼らの人物そのものではなく、彼らの内面の本質や資質、そのレベルを理解するということです。

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アダムとその著書『天使ラジエルの書』

質問:科学者たちは、アダムの時代には文字はまだ発明されていなかったと考えていますが、『天使ラジエルの書が彼によって書かれたという証拠はありますか?

答え:『天使ラジエルの書はアダムによって板に書かれ、世代から世代へと受け継がれました。エジプトの象形文字は、アダムの時代ですら存在していた古代ヘブライ語のアルファベットから作成されたということが、長い年月の中で発見されています。

今でもその書は購入することができますが、その最初のページには、伝承によると、それがアダム・ハリション(最初の人間)、つまり地上で最初の人間ではなく、クリエーター(創造主)まで到達した最初の人間によって書かれたことが示されています。

備考:私が知る限り、宗教信者は世界がアダムから始まったと信じており、無神論者は何も信じていないため、カバリストのみがそのように述べています。

私のコメント:クリエーターは約2000年前から信仰されており、最近になって無神論者が現れました。すべてがどこから来ているのかを理解し、世代を通して歴史がどのように存続し、機能してきたかを確認する必要があります。

マイモニデス(ランバン)[Maimonides(Rambam)]またはラシ(Rashi)など、11世紀のヨーロッパのカバリストが書いた本を読むと、彼らが確かにそれらの本を書いたと承認する文書が見つかります。

4世紀に書かれたタルムードは、その著者らについて語り、今日私たちが読んだり話したりする、理解できる言語で書かれています。トーラーはタルムードの1500年前に出現しました。3700年前の古代バビロンで、アブラハムは『セーフェル・イェツィーラー(Sefer Yetzira、形成の書)』を書き、紀元前1600年に「偉大な解説」が書かれました。この情報は広範囲にわたって文書化および認定されており、世代から世代へと受け継がれています。

備考:しかし、世界には何も信じない人と、アダム・ハリションというのは、クリエーターによって創造された最初の人間(アダム・ハリション)そのものであると信じる人の2つのタイプが存在します。いずれのタイプも、「アダム」が最初にスピリチュアリティに到達した人物だと言っているのはカバリストだけだ、と主張しています。

私のコメント:カバラは、アダムの創造の時間を一般的に受け入れられているものとは異なる方法で計ります。アダムの創造は、クリエーターが私たちの中にいるという感覚の出現であり、私たちが存在の次のレベルを達成して初めて、私たちはアダムと呼ばれることができます。その前は、私たちは動物のレベルで存在しています。

人間は、アダムが誕生する数万年前の世界にも存在していましたし、実際アダムには、両親や親戚もいました。しかし彼は自然の隠された力を最初に感じ、それらのルーツを発見したため、「アダム」、つまりクリエーター(創造主)に類似した(ドメ、Domeh)、と呼ばれました。なぜなら、クリエーターに到達したことで、ある程度、彼(クリエーター)に類似することができたからです。

質問:私はアダムの本を読みましたが、何も理解できませんでした。アダムの『天使ラジエルの書は何を説明しているのでしょうか?

答え:本に書かれていることを理解するには、カバラの知恵を学ぶ必要があります。単純な本ではありません。彼の言語は、スピリチュアル的なルーツを持っているので変化しませんし、私たちもその言語を話しているにもかかわらず、理解するのは困難です。また、私たちの世界を動かすスピリチュアル的な力は何千年も変わっていないので、その言語と文法の法則は同じままです。

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被造物は自立しているのか?

質問創造とはクリエーター(創造主)が行ったことの啓示ですか? 被造物は自立していますか? クリエーター(創造主)から自由になっているのでしょうか?

答え:まったく違います。クリエーターから自由になれるものなどあるのでしょうか? 最初にあったのは上層の力です。その光からの影響で、結果として、受け取りたいという欲求、つまりエゴが生み出されました。エゴは副次的なもので、最初にあったのは光です。自然界には副次的のものしか存在しません。

クリエーターと被造物の間では、種々様々な事が起きています。そのすべてが対極で、互いに触れ合い、関わり合っているのです。

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From KabTV’s “Fundamentals of Kabbalah” 2/24/19

愛の定義とは?(Quora)

Quoraでの記事「愛の定義とは?」より

カバラの知恵によれば、愛とは他者の欲求を満たそうとする意志です。

他者の欲求を本当に満たすためには、相手を理解する必要があります。習慣や性格、思考、知覚などの同じところを共有すると、相手の欲求を理解し始めます。すると、相手を満足させる方法、つまり愛の表現方法がわかるのです。

こうして、愛は「形態の同等性の法則 」という、現実世界の重要な法則にのっとって感じられます。人はそれぞれ異なる欲求を持っています。共通の理解を築き上げるには、つまりお互いの間の愛へと続く土台を築くには、欲求に対するそれぞれの意図を同じにする必要があります。

それぞれの欲求を超えて、お互いにとっての共通の愛に到達したいと願うならば、お互いを満足させる方法を知ることで、共通の内なるひな形を作りだします。そうすれば、お互いの欲求を自分の中でイメージし、その満たしを得たらどんな感じがするかを知ることができます。

同じ意図を共有していれば、お互いの欲求を満たすことができ、それによって愛を経験することになるのです。

この記事はカバリスト マイケル・ライトマンの生徒によって編集・執筆されました。

個人意識と集団意識、その違いは何か?(Quora)

Quoraの私の記事、「個人意識と集団意識、その違いは何か?」より

カバラの知恵によると、個人意識と集合意識の定義は、現実を知覚する際の生まれもった自然な性質を、新しい知覚方法へと変換するかどうかにかかっています。

自分にとって良いことだけを楽しみたいという、もともとの利己的な知覚方法を超えて、現実の捉え方を変えていく人は、全現実の各部をつなぐ愛と授与という単一の力として、現実を知覚します。

一方、現実の捉え方をエゴの上にあるものに変えない人は、かなり限定された利己的なフィルターを通して現実を知覚します。

このようにして、現実は欲求や欲求の変換具合、欲求の欠如の程度に応じて、私たちの中でモデル化されます。

この2つの知覚の仕方には大きな違いがあります。カバラの知恵が格別な点は、一方から他方へと知覚方法を移行するために、私たちの性質を変える必要性やその際にたどる過程を説明し、そのメソッドを描写しているところにあるのです。

この記事は2019年3月29日に放送されたKabTVの番組、カバリストであるマイケル・ライトマン博士の「カバラとの出会い」から、マイケル・ライトマン博士の生徒が執筆・編集しました。

狡猾な敵アマレク

アマレクは、スピリチュアルなものを追求する人間にとって最悪の敵です。アマレクに打ち負かされると、スピリチュアルなものに対する重要性が欠けたり、ぼんやりしたり、うんざりしたりしてきます。アマレクが、クリエーター(創造主)の性質を発見したい、クリエーターのようになりたいと努力する欲求を奪うのです。そして、私たちは、努力しないほうが良い理由をたくさん見つけ始めます。これがアマレクの力と言われるものです。

アマレクはあからさまな敵としてではなく、たいていは気づかれないように忍び寄り、倦怠感を与え、怠けぐせをつけさせて、スピリチュアル的なものを重要視させなくします。私たちは生きていく中で、目標へと続くとても重要な行動を具体的に行うことなく、種々様々なことをたくさんしているものです。そして、目標以外のすべてのものに満足しています。これがアマレクと呼ばれるものです。

アマレクは私たちを攻撃する憎らしい敵としては姿を現しません。しかし、アマレクを滅ぼさないといけないのは明らかです。

ラバシの記事についてのレッスン( 2011年9月2日)より

歴史が証明する皆が一つになる方法

Quoraの記事「歴史が証明する皆が一つになる方法」より

カバラの知恵は歴史が証明するメソッドであり、約4,000年前の古代バビロンの時代に、違いや争いの上で人々を一つにするためにはじめて用いられました。

カバラの知恵が効果を発揮するには、私たち人間はもともと壊れていて、分裂状態であるという前提があります。そして、私たちがつながるために自ら集まり始めた時、そのためのメソッドなしには積極的につながることはできないと気づきます。

積極的につながることができない理由は、私たちがもともとエゴイスト(利己主義者)であり、本能的に他者よりも自分のためになることを優先させるからです。積極的につながるためには、他者のためになることを優先させる必要があります。

第一にカバラの知恵は、他者の意見に反する方向ではなく、分離の力(利己的な性質)と学びによって引き出されるつながりの力を、いわばサンドイッチにする方法を説いたものです。これについては「愛はすべての罪をおおう」と書かれています。つまり、私たちは利己的な性質のために隔てられ、ひたすら互いを批判し、無関心から憎しみまで、さまざまなレベルで拒絶感を抱いていると知っているということ。しかし、私たちはこの生まれもっての拒絶感に目もくれていません。

その代わりとして、カバラの知恵が、エゴの上で一つになるよう全力をそそぐメソッドを差し出しています。違いはすべて残して、その上で互いが積極的につながるため、全精力を傾けます。違いを保ったまま、その上に第二のレベルを構築していくのです。

さらに、カバラの知恵は、人類はすべての人が隔たりを超えて一つになる段階に達するとしています。しかし、今のところ、そのためにこの知恵に引き寄せられている人は、必要十分な数しかいません。その人たちがこのメソッドを自分たちに現実化することで、その調和が人類全体に作用し始めます。言い換えれば、今はその一団が、人々を一つにする方法を自分たちに適用させている時なのです。それは、小さな科学者のグループが人間の生活を向上させる新技術を発見しようと、研究室でいくつもの実験を行うのと同じです。ひとたび新技術が発見されれば、それは特許化されて大々的に流布され、人類は簡単な説明でそれを使えるようになるのです。

この記事は、カバリストのマイケル・ライトマン博士とオーレン・レビ氏によるTVプログラム『New Life』の第1145回「イスラエルという人々の姿」に基づいています。カバリストのマイケル・ライトマン博士の生徒により、執筆・編集されました。

どうやってCovid-19を終息させるのか

Linkedinでの新しい記事「どうやって Covid-19を終息させるのか」より

世界中どこの国も、Covid-19という災いと格闘しています。ドイツでは新たなロックダウン措置が進められ、フランスはすでにロックダウンされています。インドではCovid-19の感染者数が、ブラジルでは死亡者数が記録を更新しています。パンデミックを皆の問題として感じていた時期もありました。しかし、ジョー・バイデン大統領候補が「どこかの感染症は、どこにでもある感染症だ」と発言した後、今では各国がそれぞれにこの菌と戦っています。国連事務総長は、ワクチン投与の不平等を訴えましたが、人口の半分にワクチン接種が行われた国がある一方で、一度もワクチン接種が行われていない国もあります。

現在、各国は自分たちの利益を考え、
これまでしてきたのと同じ利己的な行動をとっています。
その一方で、Covid-19はそのグローバルな性質上、
すべての国がすべての国に影響を与えるため、
ローカルにではなくグローバルに、健康について考え始める必要があります。
また、ワクチン接種については、
経済能力が考慮されるべきではありません。

このようなことを続けていては、パンデミックは終わりません。次々に変異株が出てきて、広がっていくでしょう。この危機を乗り越えたいのであれば、パンデミックは世界的な問題であるという認識に立ち返って対処しなければなりません。世界規模のワクチンバンクを設立し、全人類のために十分な量のワクチンを製造する必要があります。その後、年齢別、国別など、誰が最初に接種すべきかの優先順位を決めなければなりません。なるべく公平であることが求められます。

現在、各国は自分たちの利益を考え、これまでしてきたのと同じ利己的な行動をとっています。その一方で、Covid-19はそのグローバルな性質上、すべての国がすべての国に影響を与えるため、ローカルにではなくグローバルに、健康について考え始める必要があります。また、ワクチン接種については、経済能力が考慮されるべきではありません。

簡単に言えば、自分の家族と同じように、人類に対応しなければならないのです。そうすれば、少なくとも、最も必要とされる場所にワクチンを送ることができ、より早くパンデミックから回復できるでしょう。私たち皆が回復するまで、誰も安全ではないことを心に留めておかなければなりません。疫病はある意味、自然から私たちへの気づかいであり、レッスンです。これまでの私たちは、できの悪い生徒だったのです。

母たる心

母たる心は物質的、スピリチュアル的な全宇宙の中心点にあります。結局のところ、スピリチュアル的にも物質的にも、まさにこの地点から命が生み出されるのです。母たる心より強いものはありません。それは全現実の中の最も敏感で重要な地点です。クリエーター(創造主)は欲求を創造しましたが、欲求とは母たる心の基盤です。

そのため、女性たちがほんのわずかでも調和や統一について考え始めれば、それはすでに人類の命、つまり共通の魂が始まった場所、全宇宙の中心点に触れていることになります。世界が是正されるのは、女性を通してだけなのです。

女性には、命を生み育て、体系化していく、とてつもない力があります。裏を返せば、もし女性がこの是正に加わらないのなら、その人は争いの原因となり、仲たがいや邪悪さのある場となってしまいます。ですから、私は本当に、女性がまとまって、平和や平穏、人類の統一をもたらすことを心から願っています。

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From the Women’s Lesson 8/29/20, “Bnei Baruch Rule Toward Humanity”

コロナウイルスの感染爆発でイタリアの人々にしてあげられることとは?

私のFacebookページMichael Laitman 3/29/20より

「何週間もこもっている部屋の窓から外を見ると、近所の人が遺体袋に入れられているのを目にしました。コロナウイルスで亡くなったからです」。これはイタリア人の生徒の一人が、今イタリアで起こっていることについて議論した際に口にしたことです。

コロナウイルスのパンデミックは世界中が感じていますが、イタリアでは極めて痛切です。

報告ではコロナウイルスによる致死率が一番高く、イタリア人はずっしりと重い死への恐れで苦しんでいます。

イタリア市民は、社会的距離をとる期間が長期化し、それに耐えることに不確かで不満の募る日々を送っています。

その間、コロナウイルスは広がり続け、迅速に突然変異を起こしました。

ウイルスに感染した人々を治癒させるため、ワクチンを見つけるためにかなり多くの努力がなされています。しかし、当分の間、ウイルスはなくならないように思われます。

そうだとしたら、イタリア人だけでなく、この期間、世界中で家に留まっている人々のために、私たちは何を差し出せるのでしょうか?

私たちがすべきことは、このウイルスの発生と人類全体への拡散の理由について、より深い説明を与えることです。つまり、人類に対する自然の計画と目的、および自然が私たちに期待していることへの理解です。

コロナウイルスには明らかに、私たち人間には悪影響を与え、自然の他の部分には影響を及ぼさない、という一面があります。 これは、パンデミックに至るまで、私たち自身とこの惑星を傷つけるやり方をしてきたという現実から、私たちを目覚めさせるためにコロナウイルスが現れたからです。

言い換えれば、私たちと自然とのアンバランスさが、このパンデミックを自らにもたらしたということ。

私たちは自分たちの生活を、他者を犠牲にして自分の得を探すという、大量消費のランニングマシン上で展開される競争に変えてしまっていました。そうして、製造や宣伝、売り買いのシステムを作り、必要性をはるかに超える数々の品を即座に捨ててきたのです。

私たちは、お互いの頭上に浮かぶドルマークを見るかのように、人と関わってきました。つまり、相手から刈り取れる利益や利点の量をお互いに測り合い、利己的な欲求が成長するにつれて、さらに分離していったのです。

だから、コロナウイルが、しばらくの間、私たちを物理的に引き離すために現れたのです。人や世界とどう関わればいいのか。元の破壊的な世界に戻らないようにするにはどうしたらいいのか。世界がより良く、より本物で公正になるためには何が起こるべきかなのか。それらについて、考える時間と空間を与えています。

最終的には、私たちの関係性を修復するために、このウイルスは現われています。私たちがもっと思いやりを持ち、お互いを支え合うようになるということです。だから、まだワクチンが視野に入らず、科学者や研究者も途方に暮れているのです。

お互いに対する態度を修復するまで、このウイルスによる感染症への治療方法はぐらつきます。どんな治療であってもです。より強力でより脅威的な新しいウイルス、およびコロナウイルスの突然変異といった重みがあるからです。

だから、今の人類の未来を心配している人々は、コロナウイルスの背後にあるより深い説明をメッセージとして広め、私たちがお互いにつながったときの力を認識させようとしているのです。

いかに私たちが相互依存しているか。ポジティブな未来は、どれだけ私たちが相互依存関係を積極的に実現するかにかかっているか。これらを学ぶことによって、自然にあるプラスのつながりの力を私たちの生活の中に目覚めさせていきます。自然は、あらゆる病気を治し、どんな問題も解決する方法を知っています。

私たちの主な問題の1つは、自然が主導権を握っていて、自分たちより賢くすぐれていることを認められないことです。自然の優位性とより優れた知恵を認められれば、そのようなアプローチをすることで、自然とのバランスへ移行する方法や新たな調和を知る方法を学び吸収する準備を整えることになるはずです。

イタリア人はこのメッセージを比較的容易に消化できると思っています。彼らは当然、世界にはより高い力があると感じており、温かく開かれた心を持っています。イタリアの人々の健康と平和、迅速な回復を願っています。