『ゾハールの書』ーー上層の力の源

解説:20世紀は、運命を変えるような出来事が多くありました。20世紀、バール・ハスラムは『ゾハールの書』を我々の世代に明らかにし、世界にカバラを学ぶことを勧め、それが遅れることは破滅的であることを警告しました。

彼はそれが『ゾハールの書』に示されていると警告しましたが、耳を傾ける者はごくわずかでした。誰もが知っている通り、その後、世界大戦が起こり、1億人の死者が出ました。

一見、初心者には『ゾハールの書』の啓示と、その一連の出来事を決定づけた世界への影響との間に関連性はないように見えます。

私の答え:『ゾハールの書』は、この世界の上層の力の源です。それは、私たちの世界から上層の世界へ渡るための橋であり、クリエーター(創造主)とコンタクトをとるための通信路なのです。そのような力を持った書物は他にはありません。カバリストたちは、どの時代でもそれについて書いています。 

私たちが世界中のカバラアカデミーや教育センター(アメリカではKabU)の枠組みで『ゾハールの書』を学び始めるとすぐに、スピリチュアル的な死の状態にあったと考えられる人たちから手紙が届くようになりました。「すごい力です!」「自分に何が起こっているんでしょうか?」「なぜですか?」等が書かれていました。

彼らは、内面の大きな変化を感じ始めたのです。何も理解せず、事前の準備もなく、基本的なカバラの知識だけで、彼らは突然、非常に重要な状態を経験していると感じ始めたのです。

『ゾハールの書』は、私たちの世界に上層の光のチャンネルを提供しています。非常に重大なエネルギーなのです。

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Kabtv 2010年2月5日「クローズ・アップ。運命と『ゾハールの書』」より。

安倍晋三~世界とイスラエルにとっての善人の暗殺(Medium)

Mediumに私の新しい記事「安倍晋三~世界とイスラエルにとっての善人の暗殺」が掲載されました。

日本の国政選挙である参議院選挙中の2022年7月8日、安倍晋三・元首相が奈良県奈良市で演説中に襲撃され、死亡。遺影と献花する有権者。2022年7月10日、奈良市にて(写真: Kazuki Oishi/Sipa USA)

 

日本の参議院選挙の投票日を2日後に控えた金曜日、元首相である安倍晋三氏が、奈良の地元候補者の応援演説中に暗殺されました。私はこれを聞き、残念に思いました。彼の国際的な戦略がすべて成功したわけではありませんし、日本を長引く経済不況から十分に立ち直らせたわけでもありません。しかし、それでも安倍氏は日本にとって、世界にとって、イスラエルにとっての良きリーダーだったのです。

安倍元首相は自国にポジティブな影響をもたらしました。イスラエルにとっても、世界にとってもポジティブな存在でした。彼が成し遂げたことは、早急に目に見えるものではありませんが、世界をより安定させる力になっていました。だから、私は彼の死を悼んでいるのです。

日本は(地理的にも政治的にも)中国とロシア、アメリカの狭間にいます。これら巨大なグローバル勢力が日本を取り囲んでいるため、日本はそれらとのバランスを要する独特のポジションに置かれています。安倍晋三氏はそれを理解し、感じ、実際にバランスをとろうと努力していたのです。

アメリカは対中国における奮闘で日本を自らの側に引き込もうとしましたが、安倍氏は日本が不利な争いに引き込まれないようにしながら、アメリカとの関係を良好に保ってきました。日本国民は中国を敵視していません。安倍氏は中国に対する敵対心を抱かせたくなかったのでしょう。

中国にも、日本へ影響を及ぼしたいという強い願望があります。台湾に対するような企てを強いることはしませんが、依然として懸命に影響を及ぼそうとしています。ここでも、安倍氏は雨の合間を縫って、なんとか日本が水をかぶらないようにしたのです。

安倍氏はイスラエルに好感を持っていました。世界という土俵において、イスラエルには特別な役割があり、良好な関係を保つ意義を感じていたのです。彼は日本とイスラエルの友好関係に、単なる経済的、技術的な利益を求めていたのではありません。イスラエルには世界の親分的役割があると、真に感じていたのです。これが、政治経済的な日和見主義とは違う、イスラエルに対する敬意の元となっていました。

実際、一般的に指導者とは、世界におけるイスラエルの役割により敏感です。ボリス・ジョンソン英首相も、世界におけるイスラエルの存在意義に鋭敏な感覚を持っていました。政治家は国際関係に携わっているため、すべての国を結びつけるある種の符号やコネがあること、その中でイスラエルが重要な役割を担っていることを感じ取っているのです。

安倍晋三・元首相の死やボリス・ジョンソン英首相の追い込まれた辞任、スリランカの大混乱、イスラエルの堂々巡りの選挙、ジョー・バイデン米大統領の人気急落などは、リーダーシップの乱れの一例にすぎず、世界的な変化が進行していることを示しています。多くの政府や国家が、向かう先を決断しなければならない今、私はこれらが前向きな変化へとつながることを願っています。

世界は変わらねばなりません。人類はどこへ向かいたいのか、自問自答しなければならないのです。世界には多くの衝突点があり、それに対する包括的な解答を要しています。

世界の指導者も国家も、これまでのような世界はありえず、戦争や政情不安といった絶え間ない脅威にさらされることを理解せねばなりません。世界がより良くつながること、国家と人民のより健全な関係性が求められていることを、私たち皆が理解しなければならないのです。これが、私たちが目指すべきところです。

差し当たり、この変革は指導者が倒れることによって起こっています。これはやさしい変革です。もっと過激な変革は、指導者の凋落ではなく、東欧で起こっているような爆弾投下として起こることになります。

世界的な政治的混乱を利用して人間関係を激変させることができれば、私たち皆がそこから恩恵をこうむることになるでしょう。もし、今変化を避けるならば、私たちは後に痛みを伴う変化を強いられることになります。いずれにせよ、世界は是正を必要としているのです。
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現代の世の中に家族は必要か?

Facebook質問昔は経済的な理由で家族が形成されました。現代は、人が生きて人生を楽しむために家族を必要としません。むしろ、邪魔になり、問題を起こすだけです。では、何のために家族を持つのでしょうか?

答え:確かに、かつて人は自分に仕えてくれる妻、老後を助けてくれる子ども、住む家、親族、つまり一般的に最も近い輪が必要でした。

人は、困ったとき、病気のとき、そして最終的には葬儀の世話をしてもらうためのサポートが必要でした。そして今日、それを必要としていません。これを引き受けてくれるさまざまな社会福祉が存在しています。

妻は必要でしょうか? いや、必要ではありません。毎日新しい妻を持つことができます。子どもはどうでしょうか? 成長し、10歳を過ぎるとほとんど会わなくなり、お金をせびるときだけ会うようになります。彼らは親を顧みないし、老後も助けてもらうことはありません。

今日、人は家族、妻、子ども、両親、家庭という自然のルーツから切り離されています。職場さえも強制ではなくなりました。昔は一つの職場で一生働き続けましたが、今はどうでしょうか?

質問:社会の主要な細胞である家族は、もはや存在しないのでしょうか?

答え:残念ながら、誰も何も望んでいません。女性は本来、子どもや夫、家族、家庭を望んでいながらも、結婚しようとせず、子どもを産もうとしません。

質問:では、長期的には家族は必要ないのでしょうか?

答え:必要かどうかは、目標によって異なります。目標が手段を正当化するならば、手段は必要であり、そうでないならば必要性はありません。

質問:現代の人類が持っている目標は、家族を必要としないということでしょうか?

答え:もちろんです。でも、目標を達成するためには家族が必要だとわかっていれば、家族を作って大事にするでしょう。

人類は目標を得ることで、どのように生きるべきか、生きる必要があるのかがわかるようになるのです。今、世の中の多くの人々が、生きることに価値があるのかどうか、疑問を抱いています。

子どもと親の分離は、無意識のうちに行われているのです。子どもも次のような質問に悩まされます。「なぜ親は私をこの世に生んで、人生を歩ませ、苦しめたのだろう。私は役に立たない。誰も私を必要としていない。また、私は他人を必要としていない。死ぬのを待つだけか? そのために生まれてきたのか? 彼らは楽しんで、自分の喜びのために行ったけれど、私は人生を楽しめない。だから、薬をくれれば、なんとか存在できる」と。

質問:家族を必要とするには、人生の目標は何であるべきでしょうか?

答え:家族を必要とするための目標は、次のレベルの存在、つまり完全で、永遠で、無限の、授与の達成に至ることです。こんなことは想像もできないし、想像すらしたくありません。もう、すべてがうんざりです。だから、人に説明するのが難しいのです。

私たちは自分の利益のための人生から抜け出さなければなりません。それが私たちを制限しているのです。別の存在方法があることを感じればすぐに、はるかに楽になるはずです。

この場合、家族が必要となりますが、それは自然という上層のシステムと類似したシステムの一つだからです。より高い目標に進むためには、結婚し、家庭を持ち、子どもを持つことが必要であり、特に男性はそうです。

そして、利己的な存在を利他的な存在に置き換えたとき、次のレベルに到達することが目標となります。それにより、まったく異なる自然の奥深さ、異次元における存在が明らかになります。そこでは、宇宙は私たちの住む場所ではなく、まったく異なる宇宙なのです。

質問:では、家族内の人間関係はどのように調整されるのでしょうか?

答え:その人がより高い存在の目標として何を見るかによってのみ、調整されます。それに導かれて、家族が守られ、子どもが育てられます。そうでなければ、何も存在しないことになります。

質問:目的を持っている家族には、愛という概念が存在するのでしょうか?

答え:愛とは、この究極の目標を達成するための正しい関係なのです。それだけです。

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Kabtv「マイケル・ライトマン博士のニュース」より

生と死は投票で決めるもの?

ニュースNew York Post):「16歳の少女が、インスタグラムでフォロワーに自分は死ぬべきかどうかを問う投票をシェアした後に自殺し、69%が死ぬべきだと答えていた」と報じられました。

私の答え薬を飲んで寝るだけで簡単に自殺できるなら、多くの人が自殺するでしょう。なぜ苦しむのでしょうか? この人生は、満足感や高揚感、何らかの夢の達成感を得られなければ惨めなものであり、いずれにしても人はいつかは死ぬのです。

しかし、社会はこのような傾向を放置しないようにしています。トーラーにあるように「生きることを選ぶ」必要がありますが、それは選ばれるべきものです。そのためには、挑戦し、努力し、探し求めることが必要です。
カバラの知恵は私たちに道を提供してくれますが、自分で手を伸ばして、永遠で完璧な人生を見つける必要があります。

質問:人間を、そこに至らせる上層の目的とは何なのでしょうか?

答え:クリエーター(創造主)の目的は、人生に意味があることを人間が知ることです。あなたが生きているこの人生ではありません。現在、人間は獣のレベルで生きていますが、次のレベルに上昇しなければなりません。

質問:あなたは、快楽で人を惹きつけることに賛成ですか? それとも苦悩で人を後押しすることに賛成ですか?

答え:私は快楽で惹きつけることに賛成です。

質問:つまり、世界は生きる価値があるということを示すことですか?

答え:もちろんですが、それは上層世界のことを言っています。

質問:いつもおっしゃっている通り、エゴイズム(利己主義)の上にある世界のことですね。

答え:はい、実際そうですね。それこそが、生きる価値のあるものだと思います。それにより、自分自身が常に進歩し、自分自身を成長させることができます。全く別の世界であり、全く別の感覚です。自分の中の何かが日に日に変化していくのがわかるでしょう。上にも下にも、どんな方向にも変化していきますが、それは内なる動きと期待の中にあります。

高次の状態、つまり永遠の世界を明らかにする状態になり、感情、達成感、知識を持った獣のような体で存在しながら、高次の状態を感じ始めるのです。

質問:自然との調和やバランスを感じることで、この世の病気や恐怖、苦しみを感じなくなるのでしょうか? それら全てから解放されるのでしょうか?

答え:自身が獣の状態に属しているので、感じずにはいられない病気があります。これらは時折感じる感覚ですが、それは心理的な状態に属しています。それでも、あなたはすでに、自分の存在や世界に対して全く異なる心構えによって導かれることになっています。

質問:重要なのは、自分の心構えを変えるということですか?

答え:もちろんです! それが人間にとって最も重要なことです。人間はスピリチュアルな魂の中にこそ存在しているのです!

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2019年6月4日のKabtv「マイケル・ライトマン博士のニュース」より

人生の最適化

人間は常に、最小の投資で最大のパフォーマンスを得たいと考えています。何事も自然はすべてにおいてそのように機能しています。それは、自然の一般的な法則です。私たちが、受け取りたいという欲求、与えたいという欲求、発展や吸収の法則などに対処すると、常に自然は最適化しようとすることがわかります。

カバラは、自然の統合性を考慮に入れた普遍的な自然の法則を私たちに明らかにします。原則として、エゴは残りますが、それを取り巻くすべてを考慮するようになります。そして、自分が望むかどうかにかかわらず、他人について、つまり他人との正しい相互作用について、考える必要があります。そうしないと、すべてがブーメランのように自分に返ってくるからです。

したがって、エゴイズム(利己主義)は、望む望まないにかかわらず、利他的になり、他の人に配慮するようになります。そうでなければ、自分は存在できないからです。

このような形の相互活動は、私たちが自分たちの統合性を見始めて、共通の目標に向かって、すべてのレベルにおいて自分たちの人生を完璧にしようとして一緒に取り組むとき、団結や相互的な包含関係に辿り着きます。そこでは、自分は相手を自分として理解し、自分を相手として理解しなければなりません。

このようにして、私たちは、私たち全員と、無生物、植物、動物の自然の形態を含む、ユニークなコミュニティとなります。

その結果、思考が変化していく状態となります。私たちは、狭くて直接的なエゴイズムではなく、すべてが私たちのものだと見なすことのできる、拡大された統合的な形で理解することができます。

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Kabtv「マネジメント・サイエンス」より

どうすれば人生の目的を見つけることができるか?(Quora)

Quoraの記事「どうすれば人生の目的を見つけることができるか?」より

常に人生の目的に向かって成長させるようなプログラムと、自然の上層のプランを学べば、人生の目的を見つけることができます。

自然のプランを学ぶと、この人生で何ができるのか、前の人生での運命は何だったのか、自然はどのように作用するのか、なぜ私たちはこのように創られたのか、環境からの影響を受けてどのように発展していくのかを、徐々に感じるようになります。

そうすることで、自然のシステムに適合させて、コントロールする方法を理解することができるようになります。欲求と意図、そして自然の上層のプランを研究することに基づいたガイダンスを使用して、自然のコントロールルームに入り、すべてのものがどのようにして、またなぜそのように作られたのかを発見することができます。

人生の目的を問うことは、その発見への第一歩です。歴史や個人の人生の中で、私たちは、食べ物、セックス、家族、お金、名誉、支配、知識など、現在の知覚や感覚のレベルに応じた欲求を抱くようになります。

意味や目的への欲求は、より高いレベルの知覚や感覚に属しています。人生の意味や目的を問うことが、その発見の種となります。この欲求を、永遠で完全な人生の目的に向ける方法を学ぶことで、私たちは物理的な存在のレベルを超えて上昇することを学び、すべてがどのように、そしてなぜ操作されているのかを知覚できる上層の現実に生きることになります。さらに、そのレベルに達すると、自分の運命に影響を与えることができるようになります。

動画は英語でご覧いただけます。

この記事は、カバリスト、マイケル・ライトマン博士の生徒により、2015年9月20日のカバラの授業から執筆・編集されました。

アダムは人物か、それともスピリチュアル的なレベルか?

質問:アダムは最初のカバリストなのでしょうか、それともスピリチュアル的な到達のレベルなのでしょうか?

答え:アダムは、私たちが習得し、是正し、それに自分たちを結合させるべき、スピリチュアルのシステムのことです。

また、5782年前にこのシステムに最初に到達した人がいました。彼の名前もアダムでした。彼の両親がその名前を付けたのは偶然ではありませんでした。自然界に偶然はありません。彼は『天使ラジエルの書』という本を書きました。これは、今日でも書店で購入することができます。

質問:5782年前というのは、アダムの肉体的な誕生の年でしょうか、それとも彼のスピリチュアル的な誕生の年でしょうか?

答え:それは、彼が上層世界に到達し、人間(アダム)になった年です。

質問:すべてのカバリストたちがそのことに同意していますか?

答え:議論する理由はありません。上層世界に到達した人は誰でもそれを見て感じます。私たちは、そうであることを発見できる特性を、ただ取得しなければならないというだけです。

質問:スピリチュアルの世界に到達した人々は、アダム・ハリションのシステムだけでなく、この人物が存在したことも知るようになれる、ということですか?

答え:スピリチュアルのシステムを明らかにすることにより、その過程で、あなたはこれまでの全カバリストの一部になります。ある程度、あなたは自分自身を彼らの中に含め、彼らが言ったことや彼らがどのように勉強したか、彼らがそのシステムをどのように理解したかを理解し、感じさえします。それは彼らの人物そのものではなく、彼らの内面の本質や資質、そのレベルを理解するということです。

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アダムとその著書『天使ラジエルの書』

質問:科学者たちは、アダムの時代には文字はまだ発明されていなかったと考えていますが、『天使ラジエルの書が彼によって書かれたという証拠はありますか?

答え:『天使ラジエルの書はアダムによって板に書かれ、世代から世代へと受け継がれました。エジプトの象形文字は、アダムの時代ですら存在していた古代ヘブライ語のアルファベットから作成されたということが、長い年月の中で発見されています。

今でもその書は購入することができますが、その最初のページには、伝承によると、それがアダム・ハリション(最初の人間)、つまり地上で最初の人間ではなく、クリエーター(創造主)まで到達した最初の人間によって書かれたことが示されています。

備考:私が知る限り、宗教信者は世界がアダムから始まったと信じており、無神論者は何も信じていないため、カバリストのみがそのように述べています。

私のコメント:クリエーターは約2000年前から信仰されており、最近になって無神論者が現れました。すべてがどこから来ているのかを理解し、世代を通して歴史がどのように存続し、機能してきたかを確認する必要があります。

マイモニデス(ランバン)[Maimonides(Rambam)]またはラシ(Rashi)など、11世紀のヨーロッパのカバリストが書いた本を読むと、彼らが確かにそれらの本を書いたと承認する文書が見つかります。

4世紀に書かれたタルムードは、その著者らについて語り、今日私たちが読んだり話したりする、理解できる言語で書かれています。トーラーはタルムードの1500年前に出現しました。3700年前の古代バビロンで、アブラハムは『セーフェル・イェツィーラー(Sefer Yetzira、形成の書)』を書き、紀元前1600年に「偉大な解説」が書かれました。この情報は広範囲にわたって文書化および認定されており、世代から世代へと受け継がれています。

備考:しかし、世界には何も信じない人と、アダム・ハリションというのは、クリエーターによって創造された最初の人間(アダム・ハリション)そのものであると信じる人の2つのタイプが存在します。いずれのタイプも、「アダム」が最初にスピリチュアリティに到達した人物だと言っているのはカバリストだけだ、と主張しています。

私のコメント:カバラは、アダムの創造の時間を一般的に受け入れられているものとは異なる方法で計ります。アダムの創造は、クリエーターが私たちの中にいるという感覚の出現であり、私たちが存在の次のレベルを達成して初めて、私たちはアダムと呼ばれることができます。その前は、私たちは動物のレベルで存在しています。

人間は、アダムが誕生する数万年前の世界にも存在していましたし、実際アダムには、両親や親戚もいました。しかし彼は自然の隠された力を最初に感じ、それらのルーツを発見したため、「アダム」、つまりクリエーター(創造主)に類似した(ドメ、Domeh)、と呼ばれました。なぜなら、クリエーターに到達したことで、ある程度、彼(クリエーター)に類似することができたからです。

質問:私はアダムの本を読みましたが、何も理解できませんでした。アダムの『天使ラジエルの書は何を説明しているのでしょうか?

答え:本に書かれていることを理解するには、カバラの知恵を学ぶ必要があります。単純な本ではありません。彼の言語は、スピリチュアル的なルーツを持っているので変化しませんし、私たちもその言語を話しているにもかかわらず、理解するのは困難です。また、私たちの世界を動かすスピリチュアル的な力は何千年も変わっていないので、その言語と文法の法則は同じままです。

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被造物は自立しているのか?

質問創造とはクリエーター(創造主)が行ったことの啓示ですか? 被造物は自立していますか? クリエーター(創造主)から自由になっているのでしょうか?

答え:まったく違います。クリエーターから自由になれるものなどあるのでしょうか? 最初にあったのは上層の力です。その光からの影響で、結果として、受け取りたいという欲求、つまりエゴが生み出されました。エゴは副次的なもので、最初にあったのは光です。自然界には副次的のものしか存在しません。

クリエーターと被造物の間では、種々様々な事が起きています。そのすべてが対極で、互いに触れ合い、関わり合っているのです。

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From KabTV’s “Fundamentals of Kabbalah” 2/24/19

愛の定義とは?(Quora)

Quoraでの記事「愛の定義とは?」より

カバラの知恵によれば、愛とは他者の欲求を満たそうとする意志です。

他者の欲求を本当に満たすためには、相手を理解する必要があります。習慣や性格、思考、知覚などの同じところを共有すると、相手の欲求を理解し始めます。すると、相手を満足させる方法、つまり愛の表現方法がわかるのです。

こうして、愛は「形態の同等性の法則 」という、現実世界の重要な法則にのっとって感じられます。人はそれぞれ異なる欲求を持っています。共通の理解を築き上げるには、つまりお互いの間の愛へと続く土台を築くには、欲求に対するそれぞれの意図を同じにする必要があります。

それぞれの欲求を超えて、お互いにとっての共通の愛に到達したいと願うならば、お互いを満足させる方法を知ることで、共通の内なるひな形を作りだします。そうすれば、お互いの欲求を自分の中でイメージし、その満たしを得たらどんな感じがするかを知ることができます。

同じ意図を共有していれば、お互いの欲求を満たすことができ、それによって愛を経験することになるのです。

この記事はカバリスト マイケル・ライトマンの生徒によって編集・執筆されました。