永遠とは何か?

質問:なぜ私たちは創造のゴールを切望しなければならないのですか? 人生において何かを達成することを考えて生きるほうがいいのではないでしょうか?

答え:それは自己欺瞞です! 世界が動く仕組み、その構造、私たちの運命、人生の意味、そして天地創造の目的地を理解したい欲求が私たちに与えられている事実を、無視することはできません。

これらの問いはヒューマンレベルに属するものですが、それをあなどることはできません。あなどれば、世界のほとんどの人々のように絶望していってしまいます。この絶望によって、彼らにはカバラの叡智が明かされませんでしたが、私たちには既に明かされています。だからこそ、私たちは絶望と薬物乱用を克服するよう彼らを助けなければなりません。

質問:人は通常、命の最後の瞬間に「私はこの人生で何をしてきたのか。何か残したのか」と思うものです。

答え:私は以下のように異を唱えます。この世界と私たちのささいで意味のない文明は限りがあるものです。たとえあなたがこの世界で何をしようとも、すべては消えて何も残りません。最終的にクリエーターが明かされるであろう唯一つのユニークなシステムへと人々を共に導くために、あなたが何をしたのか? 唯一そのことだけが記録されます。

特質と行動だけが残ります。それらはシステムの中で保たれ、それゆえ永遠なのです。さらには、それらはあなたの口座に記録されます。その他は何も残らず、未来に継続するものは何もありません。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 3/13/16

身体と魂のオーナーになる

私たちは幼少時から、性質や意見、感情などを持つ他人として自分の身体と関わることを教えないといけません。

たとえば、身体の一部分が痛むとき、身体が痛む、痛みがあるのは体だと言わなければなりません。つまり、「それを苦しませなさい」とラバシュが体を指して言ったように、当の本人とは同化しない“部分”として、むしろしばらくの間彼のとなりに存在する別物として体と関わってください。

このような体に対するふるまい方のトレーニングで、それは魂に加えて私たちに与えられたものであると理解し、魂と身体を区別することが徐々に習慣になっていきます。私たちはまた魂について、特定の目的のために特定の期間与えられたものとして話さないといけません。

人は自ら、身体と魂両方のオーナーとして、身体が持つエゴと魂が持つ崇高な目的の両方を共に管理しないといけません。魂と身体は2つのラインのようなもので、私たちはそれら2つを組み合わせ、その総和として3つ目のライン作らないとなりません。そして、あなたはあなた自身を、あなたが具現化されたものを、双方の組み合わせの結果としてみるのです。

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愛と憎しみの間の小さな架け橋

質問:人生においてより幸せになるために、自分の性格や性質を変えるべきですか?

答え:いいえ、私たちがしなければならないことは、お互いに正しくつながることだけです。このつながりの中にクリエイターを発見することで、誰もが同じであり続けます。そのうえ人は、自分自身を曲げたり、あえて他のものになろうとする必要はなく、エゴをなくすことに従事する必要もないのです。エゴよりも高いところに自分と他者のつながりを復活させる、それだけで十分なのです。

質問:つながりとは何ですか? それに似たものがこの世界にありますか?

答え:あなたがある人を憎んでいて、そして同時に彼を愛している状態を想像してみてください。もし私たちがこの2つの態度の間で平均値を算出してその平均の態度に達するなら、それはつまりあなたの他者に対する態度と他者のあなたに対する態度の中間なのですが、それは正しい相互的つながりになるでしょう。

私たちは、自分達の態度が避けることのできない性質であり、変えることができなくて当然だと決めてかかっていますが、その上に相互的つながりの小さな橋を架けることができます。利己的な憎しみと利他的な愛の間の差が大きければ大きいほど、人はより高く上昇し、自分と他者との間に発見するクリエイターの偉大さはより際立ったものとなります。

質問:これらの関係は父と息子の関係に似ていますか?

答え:まったくもって違います。父と息子は動物レベルの関係性、つまり動物的な結びつきによってつながれています。

質問:なぜ正しい関係の手本がないのですか?

答え:なぜなら私たちは愛と憎しみという2つの感情を同時につなぐことができないからです。しかしこのような相互的な関係を築くために、私たちには志を同じくする人々のグループが与えられたのです。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 3/13/16

クリエイターとは誰であるのか?

質問:クリエイターとは誰なのですか?

答え:クリエイターとは、その内側に創造物を支配して育てる創造の全システムを握っている上層の力であり、まさに私たちの物理的身体を育てる生命力のようなものです。

私の物理的身体は、完全に相互的なしくみの中で、お互いにつながった様々な細胞と臓器で構成されています。ある種の“活性化する”力がそれらのなかを流れていて、それは“生命”と呼ばれています。そしてこの力が消えてしまうと、体は死んでしまいます。

同じ命の力は全ての自然を満たしていて、“ボレ(クリエイター)”と呼ばれています。これは自然の中に生命を注ぎむだけでなく、世界を導き、創造し、再編し、絶え間なく変化させ、そしてそれを完全にします。このようにして創造物は、この同様の力によってあらかじめ決められていた特定の目標へと導かれます。

質問:“創造物”とは何ですか?

答え:“創造物”とは“受け取りの欲求”、楽しむための欲求であり、それは無生物、植物、動物、そしてスピーキングの形態で、私たちそれぞれの中に存在しています。この欲求は創造物の原料であり、そこに命を与えているもの全てが“ボレ”または“創造の力”と呼ばれます。このように、存在する全ては、受け取りの欲求と、この欲求に命を与えある一定のレベルを維持する力というたった2つの特質だけで構成されています。

質問:この力が人から離れるとき、それはどこに行くのですか?

答え:それは、増加するかそれとも減少するかのどちらかです。もし減少するのなら、それはスピーキングレベルもしくは動物レベルから、植物レベルへと落ちます。その時、人間は死ぬでしょう。そしてその後、植物レベルが死んで無生物レベルのみが残り、それは徐々に塵になっていきます。

質問:もしもクリエイターの力がこの原料に入り、それらをつなげて存在させているのだとしたら、その後それを消失させるものは何でしょうか?

答え:これには多くの原因があります。これは完全なるシステムですが、創造物の原料がこの中身から消えるとき、それはまた別の種類の原料を生み出します。なぜならエネルギーは消えることがなく、崩壊してその構成要素になるからです。

質問:この原料は“命の力”なしでは存在できないということですか?

答え:“命の力”は最も重要な力です。それは原料を創造し、そこに命を与え、そして最終的な段階までそこにあらゆる変化をもたらします。その原料にクリエイターの性質を“まとわせる”ために、それらを獲得し、受け取るためのクリ(器)にならなければならないのです。

[183952]
From the Kabbalah Lesson in Russian 3/13/16

カバリストの感覚のなかに入る

質問:ページをまたいで目を動かして次ページにいくことでテキストを読む人たちがいます。彼らはテキストの詳細は掴んではいませんが、そのテキストの最重要点と本筋について正確に話すことができます。このような読み方は、カバラの文献のその本質へと深く入っていく方法と同様のものですか?

答え:いいえ、カバラの叡智において、私たちはこの方法を使いません。あなたはインターネットで見かける、人がいかにページ全体を読むかを学ぶ特別な方法について話しています。

しかしカバラの叡智が伝えているものは、その内容に関して話す方法を学ぶことではありません。

それどころか人は、文章の冒頭や真ん中に何度も繰り返し戻りながら「行ったり来たり」してテキストを書いた人物とつながろうと試み、彼が書いたことを感じ、彼の感覚に入り、彼と一緒にテキストの中を流れるように、ゆっくりと読まなければなりません。

スピードはここでは何も意味をなしません。つまりもし私が全ての文章を繰り返し何度も、最低でも2回、読まなかったり、後でその節の初めに戻ったりもしないのであれば、私はそれを感じてはいないということです。

質問:あなたはすでにこれらの文章を個人的に少なくとも150から200回読んでいるのですよね。そのことで、規則的に繰り返される変化があなたに起こるのですか? その度に自分が新しくなると感じるのですか?

答え:もちろんです! レッスン前に、私はテキストを読むことに従事しており、レッスン後はさらなる前進のためにそれを熟考する必要があります。そして、それは私にとって全く違うものにすら見えるでしょう。

質問:テキストと共に進む作業を楽しんでいるのですか?

答え:人生において、自分に入ってくる感覚ほど楽しいものはありません。全ての文章の内的な意味を通して吸収されるロジックは、クリエーターに近づく感覚や、世界の全体像、そしてその構造を明らかにしてくれるのです!

[181322]
From the Kabbalah Lesson in Russian 2/7/16

どのようにカバラの叡智をつかむのか

質問:通常の科学では、人はその知性を通した論理的方法ですべてに辿り着きます。カバラの叡智では、人は物質的なイメージを作ることなく、すべてを感覚で獲得しなければならないと言われています。私たちは学び始めの段階で、どのようにカバラの知恵をつかみ、科学で通常行われているように図や定義、情報を記憶して、心の論理的回路を創るのでしょうか。

答え:『10のセフィロトの研究の序論』の第155節では、これらの本を読む間、生徒たちは目覚め始め、彼らに特定の光が絶え間なく降り注ぎ始めるので、そのために、カバリストはそれらの書物を記したと言われています。

彼らは何も理解する必要がなく、また彼らはまだ何も明かしていないので、理解することができません。しかしながら上層の光を引き寄せることを通して、彼らは徐々に変わり始めます。これらの変化は、N次元空間における縦10横10奥行き10のハチの巣の穴のように、様々な獲得の要素をそれらのなかに形成します。そして感覚ごとにこのような蜂の巣が620個存在します。

これは人の魂、魂と呼ばれる彼の真の獲得の構成要素に関する、とても重要で興味深い心理学的システムです。「私はどこにいるのか?」「私は誰なのか?」「誰が私を創ったのか?」ということを明らかにするため、自分の根源を獲得するべく、人間は確実に進んでいきます。その途上で、彼自身が含まれている創造の計画を研究、調査するために、彼はいかに行動するべきかを明らにします。それは彼をどこへ導いているのでしょうか? 彼は可能な限り最善の方法でそれを深く理解し、彼の進化を加速させ、その最終地点を変化させるなど、それらのことができるでしょうか。つまり、未来の研究、調査は今ここで起こっていると言えます。人が彼のなかに起こる全ての変化の連鎖を理解し始めるその時、彼はカバリストになるのです。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 2/28/16

スピリチュアルな歓びの秘密

質問:なぜあなたはスピリチュアル・ワールドに到達した喜びについて、ほとんど話さないのですか?

答え:喜びについて話そうとしても、残念ながらそれを言葉にして伝えるのは不可能です。

「もし常に人類が経験してきたか、もしくは経験している、これから経験するであろうこの世界のすべての喜びを合算しても、最も低いスピリチュアルレベルにおけるその10億倍素晴らしい上層の光と比べるなら、それはただの小さな火花にすぎない」と、カバリストは書いています。

私はそれを信じませんでしたが、それをよく調べて照合した結果、確信するようになりました。私はあなたにも同じようにすることを望みます。

コメント:人がいかに全人類の歴史上の喜びに対抗する準備ができているか、想像することしかできないのですね!

答え:人が受け取りの意図でなく、与える意図を持って動くとき、彼は、彼自身を通して世界の全ての喜びを受け渡すことができます。そして、その人は受信機ではなく導線になるため、「電気ショック」を受けることはありません。

彼は自分を通して他者に全てを受け渡すパイプのようなものなので、光そのものではなく、他者を満たすことで得られるものを楽しんでいます。これが秘密の全てです。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 2/28/16

カバラの叡智の類いまれな素晴らしさ

カバラの叡智と自然科学を比べるとき、私たちは多くの類似点と相違点を発見します。カバラでは「目に見えるものしか判断することはできない」と言われています。これは完全に科学的なアプローチであるため、物質的科学とスピリチュアル的科学の両方に全く同じ方法でアプローチする必要があり、それはつまりカバラの叡智に従う必要があるということです。

一般の科学が用いるものは全て、カバラの叡智でもよくある典型的なものです。それは到達、統計データの再現性、グラフなどです。カバラの叡智はやみくもな信仰ではなく、到達です。カバラの叡智によれば、信仰とは上層世界の感覚であり、世界を満たし、聡明に動かしている力の感覚です。これがまたカバラの叡智と他の科学との違いであり、他の科学では霊的に動きのない世界とみなされる段階で、上層の力の結果のみを知覚しています。

カバラの叡智はこの世界の一般の人々が、感じないかもしくは気づいていない真の支配する力を探求しています。そのためには、この力に類似した同様の特性を獲得する必要があります。形態の同等性における自然界の法則では、人は彼の感覚に一致したもののみを感じることができます。その時だけ、彼はただ唯一の上層の自然の力を探求することができるのです。

カバリストたちは自分たちの研究を、データやスケッチ、グラフなどで記録し処理します。彼らはまた、ヘブライ語のアルファベットは、様々なつながりを伝える信号であり、ポジティブとネガティブという2つの自然の力を結ぶ特別なシンボルでできていると主張します。

実際、ヘブライ語とアラム語は互いに互いを補完し、与えることと受けとることという2つの自然の特質を研究した結果として現れています。それらはポジティブとネガティブなど、この世界のすべての動きと現象の根底にあるものです。

カバラの叡智は主に根本的な自然の力の獲得を目的としているので、それはより正確で、より広大で、他の全ての科学よりもはるかに深遠です。これは普遍的な智恵なのです。

これは古代哲学者や中世の哲学者、科学者、そしてカバリストによっても述べられています。さらに、最近出版されたニュートンの日記によると、彼はヘブライ語とカバラを勉強して、そこから彼が書いた法則を突きとめました。

カバラの智恵の類いまれなところは、私たちがすでに定義している感覚を使って自然を研究する物質的な科学とは違い、人がさらなる新しい感覚を創造することを求めるところにあります。カバラはその人自身のなかにさらなる感覚を発達させる人のための科学なのです。

自然のなかには授与の力、相互的なつながりの力がありますが、それを知覚する内的なセンサーやレシ—バーを持っていないため、私達はそれらに気づくことができません。私たちが知っているのは創造のほんの一部のみで、それもかなり一方的なものです。

カバラの叡智は、受け取りという1つの力がある私たちの世界についてだけではなく、2つの力で作られた創造の全てについて私たちへ伝える科学です。2つの力とは、与える力と受け取る力のことです。科学者は今のところこれを理解せず、そのほんのわずかしか認めていません。問題は小さなエゴの力に仕えるという人の心ではなく、全創造を感じる必要性であり、それが私たちの範囲内で明かされたのです。

実際この必要性が人を前に押し進めるのです。人は、自分が人生の意味やその理由、その根源、そして目的に到達しなければならないと理解します。それらなしでは、人生の意味はありません。

科学者は人間の状態での獲得について述べていますが、一方でカバラの叡智はその根源について私たちに伝えています。何が人を操っているのか、なぜ、何のために、何に向かっているのか。また同時に、私たちは上層の力に類似する範囲においてのみそれを研究することができるので、カバラは私たちが内面を変える必要があると説明しています。

そして最も重要なのは、なぜカバラを勉強するのかということです。これは大きな障害でもあります。他者をケアすること、他者の利益のために他者を助けること、カバリストはこれらのために研究しています。これは原則として、一般の科学では扱いません。一般の科学は何が存在するかを研究しており、それをどのように適用するのかには興味がありません。カバラは自分たちが欲する方法で科学的成果をねじまげる政治家や富裕層へその働きを提供します。カバリストは彼の中の世界を研究し変化させますが、一方、政治家や富裕層はその使い方を知らないのです。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 2/28/16

人生のゴールへの理解

質問:今日、私たちは無意識的に存在すると言う科学者がいます。スピリチュアルと物質的な世界の違いは意識的、無意識的に存在することにあると言えますか?

答え:私たちは完全に無意識な仕方で自動的に存在し、自分たちが誰であるかまったく知りません。私たちは何であり、なぜ生きているの分かりません。私たちの体のすべての臓器と細胞、私たちをとりまく全てが私たちを刺激し、私たちは生きる瞬間を感じます。

ですから、私たちには何かを変える機会が少しもありません。自由意志は全くないのです。全てはあらかじめ決められていて、私たちの発達におけるある時点で、自分たちの存在の実状に失望し、その無価値さ、無意味さ、そして空虚感を悟り、人生の意味を見つけることを切望し始めるように、私たちは様々な状況で“操作”されているのです。

私たちの世界の意味は、次のスピリチュアルな次元へ向けてそれを超えて意識的に上昇することを、私たちに可能にするということなのです。

質問:意識的にとはどういう意味ですか? 様々な欲求が絶えずあがってきて、私はその欲求を喜びで満たすために走り回っています。スピリチュアリティにおけるこれらの欲求を、自分自身で作らなければならないのでしょうか?

答え:ある時点で、人は欲求の満たしを追い求めることに疲れてきて、もはやそれらの欲求に感情移入することがなくなります。彼はこれらが彼の欲求の意図であり、絶えず欲求を満たさなければならないのだと悟ります。人はその中に喜びを感じますが、もはやそれにコントロールされたくないと思います。彼は自立し、これらの喜びの感覚にふけたくないと思うようになります。

そして人は考え始めます。「どうしたらこの生き方より崇高なものへ向上することができるのか。なぜ私は絶えず様々な喜びを追い求めなければならないのか。なぜ私はいつもこれらの喜びに身を売るのか。私の人生はこれで十分なのか。これは私を満足させるのか。私はこれらすべてが何のために必要かどうか考えるべきか。これらは刻々と変わるつかの間の喜びで、結局のところ私の全人生は喜びと最小限の痛みを追い求めることを余儀なくさせる」と。

質問:スピリチュアルな世界では、何がその代わりになりますか?

答え:スピリチュアリティにおいて、人は自分が存在していることの意味を獲得し始め、この獲得でその人は、上層世界の存在における説明がつかない感覚、言語に絶する感覚、そして調和への到達、真実、真のゴールなど、つまり物質世界には存在しない全てのもので満たされます。

もし人が私たちの世界に不快を感じるなら、彼は今すぐそれをよい気分に変えなければなりません。そして、そのようにして何度も繰り返し、これが彼の人生のゴールになるのです。スピリチュアルな世界において、起こること全ての意味と自分を超えることに到達した人は、完全なる調和の感覚と彼の中の平静と永遠性を生み出します。

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From the Kabbalah Lesson in Russian 2/21/16

日本とエクアドルでの地震

質問:日本の南西部で起きた一連の地震によって、40名近くが亡くなり、200名以上が負傷しました。同じようなことがエクアドルでも起こりました。死亡者の数は233人に、負傷者は1500名以上に達しました。

何故これらの平和で罪のない国に、このような恐ろしい悲劇が起きるのでしょうか?

答え:これについて説明するのはとても難しいです。なぜなら、すべては地球上における人類の全体的な分布によるからです。なぜ突然このような天災が、とりわけこれらの人々に起こって、他の人々には起こらないのでしょうか? エクアドルとの繋がりは何でしょうか?

もし、私たちが起こることの理由を探し求めるなら、間もなく誰もが、ユダヤ人にすべての天災の責任があると言ったり、書いたりするでしょう。誰もが世界に現れるすべての問題の責任をユダヤ人だけのせいにするでしょう。彼ら(ユダヤ人)の間違った態度、彼らの間の団結の欠如によって、そのような反応が自然と世界の国々の両方において引き起こされるのです。

自然はバランスを崩し始めており、これが気候変動、地震、火山噴火、そしてさらなる天災として表わされるのです。私たちは、あらゆる形態の自然や人間社会のバランスの欠如を呼び起こしています。だから私たちに全ての責任があるのです。

質問:しかし、直接的な因果関係は目には見えなく、人は罪の意識を感じていません。それでは、なぜ上層の力は私たちに対してそのようにふるまうのでしょうか?

答え:直接的な因果関係を見ることとは、上層の管理システムを明かすという意味です。さもなければ、直接的な因果関係を見ることは不可能です。なぜならあなたは打撃を避けようと強制され行動するからです。しかし、あなたはそれとは違う方法で行動しなければなりません。つまり、駆り立てられることなく、自主的に、特別な自然の法則、すなわちその全各部分のつながりの法則であるクリエイターを実感したいと思うときのことです。

これはあなたの手の内にあります。「獣」のレベルに留まるのではなく、アダム(人間)のレベルへ自分自身を高めたいと思うことで、これに向かって進むのかどうかはあなた次第なのです。

質問:この目的のために何千人もの人々が殺されたのですか?

答え:何十億人の罪のない人々が殺されました! どれほどの責任があなたの肩にかかっているのか想像してください。

他には何もありません。カバラの書物に書かれていることを読んでください。アブラハムを先頭にそれ以降、私たちの民の偉大なる代表者の全員がこのことについて語っています。

世界の全ての問題の責任は私たちにあります。また、もし私たちが適切にふるまうならば、その幸せのすべての原因も私たちにあるのです。

何が起こっているのか、カバラの智恵は何を言っているのかについて真剣に考えるかどうかは、私たち次第であると私は信じています。さもなくば、私たちは70~80年前に目撃したものよりさらに一層恐ろしく残虐な方法で教えられることでしょう。

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From KabTV’s “News with Michael Laitman” 4/18/16